了凡四訓 / 謙德之效・滿は損を招き、謙は益を受く
易曰:天道虧盈而益謙;地道變盈而流謙;鬼神害盈而福謙;人道惡盈而好謙。是故謙之一卦,六爻皆吉。書曰:滿招損,謙受益。予屢同諸公應試,每見寒士將達,必有一段謙光可掬。 辛未計偕,我嘉善同袍凡十人,惟丁敬宇賓,年最少,極其謙虛。予告費錦坡曰:此兄今年必第。費曰:何以見之?予曰:惟謙受福。兄看十人中,有恂恂款款,不敢先人,如敬宇者乎?有恭敬順承,小心謙畏,如敬宇者乎?有受侮不答,聞謗不辯,如敬宇者乎?人能如此,即天地鬼神,猶將佑之,豈有不發者?及開榜,丁果中式。
新字:易曰:天道虧盈而益謙;地道変盈而流謙;鬼神害盈而福謙;人道悪盈而好謙。是故謙之一卦,六爻皆吉。書曰:満招損,謙受益。予屡同諸公応試,毎見寒士将達,必有一段謙光可掬。 辛未計偕,我嘉善同袍凡十人,惟丁敬宇賓,年最少,極其謙虚。予告費錦坡曰:此兄今年必第。費曰:何以見之?予曰:惟謙受福。兄看十人中,有恂恂款款,不敢先人,如敬宇者乎?有恭敬順承,小心謙畏,如敬宇者乎?有受侮不答,聞謗不弁,如敬宇者乎?人能如此,即天地鬼神,猶将佑之,豈有不発者?及開榜,丁果中式。
書き下し
易に曰く、天道は盈を虧きて謙に益し、地道は盈を變じて謙に流し、鬼神は盈を害して謙に福し、人道は盈を惡みて謙を好む、と。是の故に謙の一卦は、六爻皆な吉なり。書に曰く、滿は損を招き、謙は益を受く、と。予屢々諸公と同に試に應ずるに、每に寒士の將に達せんとするを見るに、必ず一段の謙光の掬すべき有り。 辛未の計偕に、我が嘉善の同袍凡そ十人、惟だ丁敬宇賓のみ、年最も少くして、極めて其れ謙虛なり。予費錦坡に告げて曰く、此の兄今年必ず第せん、と。費曰く、何を以てか之を見る、と。予曰く、惟だ謙のみ福を受く。兄看よ、十人の中、恂恂款款として、敢へて人に先んぜざること、敬宇の如き者有りや。恭敬順承、小心謙畏なること、敬宇の如き者有りや。侮りを受けて答へず、謗りを聞きて辯ぜざること、敬宇の如き者有りや。人能く此くの如くんば、即ち天地鬼神も、猶ほ將に之を佑けんとす。豈に發せざる者有らんや、と。榜を開くに及び、丁果して式に中る。
現代語訳
『易経』に「天の道は満ちたものを欠けさせて謙虚なものを増し、地の道は満ちたものを変えて謙虚なものへ流し、鬼神は満ちたものに害をなして謙虚なものに福を与え、人の道は満ちたものを憎んで謙虚なものを好む」とあります。だから謙の卦は、六つの爻がすべて吉なのです。『書経』には「満ちれば損を招き、謙虚であれば益を受ける」とあります。私はたびたび諸氏と一緒に科挙を受けましたが、いつも、貧しい書生が今まさに世に出ようとするときには、必ず手ですくえるほどの謙虚な輝きがあるのを見てきました。 辛未の年(1571年)の会試に上京したとき、私たち嘉善の仲間は全部で十人いましたが、丁敬宇(名は賓)だけは最も年若く、この上なく謙虚でした。私は費錦坡に「この人は今年きっと合格する」と言いました。費が「どうしてそう分かるのか」と言うので、私は答えました。「謙虚な者だけが福を受ける。見てごらん。十人の中に、敬宇のように誠実で慎み深く、人の先に立とうとしない者がいるか。敬宇のように恭しく人に従い、細心で謙虚に畏れる者がいるか。敬宇のように侮られても言い返さず、悪口を聞いても弁解しない者がいるか。人がこのようであれば、天地の神々もきっと助ける。世に出ないはずがあろうか」。合格発表になると、丁は果たして合格していました。
解説

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