了凡四訓 / 積善之方・陰德は天之に報い、陽善は世名を享く
何謂陰陽?凡為善而人知之,則為陽善;為善而人不知,則為陰德。陰德,天報之;陽善,享世名。名,亦福也。名者,造物所忌;世之享盛名而實不副者,多有奇禍;人之無過咎而橫被惡名者,子孫往往驟發,陰陽之際微矣哉。 何謂是非?魯國之法,魯人有贖人臣妾於諸侯,皆受金於府,子貢贖人而不受金。孔子聞而惡之曰:賜失之矣。夫聖人舉事,可以移風易俗,而教道可施於百姓,非獨適己之行也。今魯國富者寡而貧者眾,受金則為不廉,何以相贖乎?自今以後,不復贖人於諸侯矣。
新字:何謂陰陽?凡為善而人知之,則為陽善;為善而人不知,則為陰徳。陰徳,天報之;陽善,享世名。名,亦福也。名者,造物所忌;世之享盛名而実不副者,多有奇禍;人之無過咎而横被悪名者,子孫往往驟発,陰陽之際微矣哉。 何謂是非?魯国之法,魯人有贖人臣妾於諸侯,皆受金於府,子貢贖人而不受金。孔子聞而悪之曰:賜失之矣。夫聖人舉事,可以移風易俗,而教道可施於百姓,非独適己之行也。今魯国富者寡而貧者衆,受金則為不廉,何以相贖乎?自今以後,不復贖人於諸侯矣。
書き下し
何をか陰陽と謂ふ。凡そ善を為して人之を知れば、則ち陽善と為す。善を為して人知らざれば、則ち陰德と為す。陰德は、天之に報い、陽善は、世名を享く。名も、亦た福なり。名なる者は、造物の忌む所なり。世の盛名を享けて實の副はざる者は、多く奇禍有り。人の過咎無くして橫に惡名を被る者は、子孫往往にして驟かに發す。陰陽の際、微なるかな。 何をか是非と謂ふ。魯國の法に、魯人の人の臣妾を諸侯に贖ふ有れば、皆な金を府に受く。子貢人を贖ひて金を受けず。孔子聞きて之を惡みて曰く、賜之を失へり。夫れ聖人の事を舉ぐるは、以て風を移し俗を易ふべくして、教道百姓に施すべし。獨り己に適ふの行ひに非ざるなり。今魯國は富む者寡くして貧しき者眾し。金を受くれば則ち不廉と為さば、何を以てか相贖はんや。今より以後、復た人を諸侯に贖はざらん、と。
現代語訳
陰と陽とは何でしょうか。およそ善を行って人がそれを知っていれば陽善といい、善を行って人が知らなければ陰徳といいます。陰徳には天が報い、陽善は世間の名声を受けます。名声もまた福ではあります。しかし名声は、造物主(天)の忌むものです。世の中で大きな名声を受けながら実質が伴わない者には、思いがけない禍が多くあります。過ちもないのに、いわれなく悪名を着せられた者は、その子孫がしばしば急に栄えます。陰と陽の境目は、まことに微妙なものです。 是と非とは何でしょうか。魯の国の法では、魯の人が諸侯の国で奴隷となった者を買い戻せば、その代金を役所から受け取ることになっていました。子貢は人を買い戻しましたが、代金を受け取りませんでした。孔子はそれを聞いて嫌い、こう言いました。「賜(子貢)は間違った。そもそも聖人が事を行うのは、それによって風俗を改め、教えを民に広めるためであって、自分一人の気に入る行いのためではない。今、魯の国は富む者が少なく、貧しい者が多い。代金を受け取るのが廉潔でないとされてしまえば、誰が人を買い戻せようか。これから以後、諸侯の国から人を買い戻す者はいなくなるだろう」。
解説

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