了凡四訓 / 積善之方・公自ら以て功と為さず
嘉興屠康僖公,初為刑部主事。宿獄中,細詢諸囚情狀,得無辜者若干人。公不自以為功,密疏其事,以白堂官。後朝審,堂官摘其語,以訊諸囚,無不服者,釋冤抑十餘人。一時輦下咸頌尚書之明。公復稟曰:輦轂之下,尚多冤民,四海之廣,兆民之眾,豈無枉者?宜五年差一減刑官,覈實而平反之。尚書為奏,允其議。時公亦差減刑之列,夢一神告之曰:汝命無子,今減刑之議,深合天心,上帝賜汝三子,皆衣紫腰金。是夕夫人有娠,後生應塤、應坤、應堎,皆顯官。
新字:嘉興屠康僖公,初為刑部主事。宿獄中,細詢諸囚情状,得無辜者若干人。公不自以為功,密疏其事,以白堂官。後朝審,堂官摘其語,以訊諸囚,無不服者,釈冤抑十余人。一時輦下咸頌尚書之明。公復稟曰:輦轂之下,尚多冤民,四海之広,兆民之衆,豈無枉者?宜五年差一減刑官,覈実而平反之。尚書為奏,允其議。時公亦差減刑之列,夢一神告之曰:汝命無子,今減刑之議,深合天心,上帝賜汝三子,皆衣紫腰金。是夕夫人有娠,後生応塤、応坤、応堎,皆顕官。
書き下し
嘉興の屠康僖公、初め刑部主事と為る。獄中に宿し、細かに諸囚の情狀を詢ひ、無辜の者若干人を得たり。公自ら以て功と為さず、密かに其の事を疏して、以て堂官に白す。後に朝審あり、堂官其の語を摘りて、以て諸囚を訊ぬるに、服せざる者無く、冤抑十餘人を釋す。一時輦下咸な尚書の明を頌す。公復た稟して曰く、輦轂の下すら、尚ほ冤民多し。四海の廣き、兆民の眾き、豈に枉げらるる者無からんや。宜しく五年に一減刑官を差はし、實を覈べて之を平反すべし、と。尚書為に奏し、其の議を允さる。時に公も亦た減刑の列に差はさる。夢に一神之に告げて曰く、汝の命に子無し。今減刑の議、深く天心に合ふ。上帝汝に三子を賜ふ、皆な紫を衣て金を腰にせん、と。是の夕夫人娠める有り、後に應塤・應坤・應堎を生む。皆な顯官たり。
現代語訳
嘉興の屠康僖公は、はじめ刑部主事(刑部の中堅の役人)でした。獄中に泊まり込んで囚人一人ひとりの事情を詳しく尋ね、罪のない者を何人も見つけました。公はそれを自分の手柄とはせず、ひそかに文書にまとめて上官に報告しました。のちの朝廷での審理で、上官はその内容を抜き出して囚人を取り調べたところ、誰もが納得し、無実の罪に苦しんでいた十数人が釈放されました。当時、都の人々はみな尚書(上官)の明察をたたえました。公はさらに申し上げました。「天子のお膝元でさえ、なお無実の民が多くいます。天下の広さ、民の多さを思えば、冤罪の者がいないはずがありません。五年ごとに減刑官を一人派遣し、事実を調べて冤罪を正すべきです」。尚書がこれを上奏し、その提案は認められました。そのとき公も減刑官の一人に選ばれて派遣されました。夢に一人の神が現れて告げました。「お前の運命には子がない。しかし今回の減刑の提案は、深く天の心にかなった。天帝がお前に三人の子を授ける。みな紫の衣を着て金印を腰に下げる高官になるだろう」。その夜、夫人は身ごもり、のちに応塤・応坤・応堎が生まれ、みな高官になりました。
解説

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史記 循吏列伝楚の民の俗庳車を好む、王以為へらく庳車は馬に便ならずと、令を下して之を高くせしめんと欲す。相曰く、「令数々下れば、民従ふ所を知らず、不可なり。王必ず車を高くせんと欲せば、臣請ふ閭里に教へて其の梱を高くせしめん。車に乗る者は皆君子なり、君子は数々車を下ること能はず」と。王之を許す。居ること半歳にして、民悉く自ら其の車を高くす。此れ教へずして民其の化に従ひ、近き者は視て之に效ひ、遠き者は四面より望みて之に法るなり。
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『墨子』尚同下是の故に古の聖王の天下を治むるや、千里の外に賢人有り、其の鄉里の人、皆な未だ之を均しく聞き見ざるに、聖王、得て之を賞す。千里の外に暴人有り、其の鄉里、未だ之を均しく見ざるに、聖王、得て之を罰す。故に唯だ聖王を以て耳聡く目明らかなりと為す毋からんや。豈に能く一たび視て千里の外を通見せんや、一たび聴きて千里の外を通聞せんや。聖王は往きて視るにあらざるなり、就きて聴くにあらざるなり。然れども天下の冦亂盜賊を為す者をして、天下を周流するも足を重ぬる所無からしむるは、何ぞや。其の尚同を以て政を為すこと善ければなり。
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『墨子』尚同中故に古者、聖王は唯だ壹に尚同を以て正長と為す。是れ上下、請謁して通を為す。上に隠事遺利有れば、下、得て之を利し、下に蓄怨積害有れば、上、得て之を除く。是を以て數千萬里の外に善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、鄉里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を賞す。數千萬里の外に不善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、郷里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を罰す。是を以て天下の人を舉げて皆な恐懼振動惕慄して、敢えて淫暴を為さず、曰く、「天子の視聴や神なり」と。先王の言に曰く、「神に非ざるなり。夫れ唯だ能く人の耳目をして己が視聴を助けしめ、人の吻をして己が言談を助けしめ、人の心をして己が思慮を助けしめ、人の股肱をして己が動作を助けしむればなり」と。之を視聴するを助くる者衆ければ、則ち其の聞見する所の者は逺し。之を言談するを助くる者衆ければ、則ち其の徳音の撫循する所の者は博し。之を思慮するを助くる者衆ければ、則ち其の謀慮は速やかに得らる。之を動作するを助くる者衆ければ、則ち其の事を舉ぐること速やかに成る。
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『政談』誓詞の事国方なとにては組頭と云ふものは、其の一組の士を病気も幼少も息災にて勤むるも皆同く支配し、偖江戸の勤めは別に番頭と云ふ者ありて、其の下知を受て勤むることにて、其の組頭の支配の内より番替を以て番頭下へつかはすとき、病気幼少のものにあたれは一組の内より外の人を代りに出たし、その本人よりわり合はせをつかはす故、身上のならぬものは病気幼少の代りを願ひて、ひたものつとむること御当地の取り人の如し、さてわり合ひを出たすこと故勝手に宜しからされは自から虚病は少きと承はる、箇様なる仕方能く詮議せは有るへきことなり、兎角当時の誓詞は御作法のやうに成りて詮なきことなれは、一向に停止なりて唯大名の国なとへ御目付けに行くなと、其の外にも時にとりて当座きりの御用にばかり大切なることに誓詞仰せ付られ然るへき也、