了凡四訓 / 立命之學・水の清き者は常に魚無し
「地之穢者多生物,水之清者常無魚;余好潔,宜無子者一。和氣能育萬物,余善怒,宜無子者二。愛為生生之本,忍為不育之根;余矜惜名節,常不能捨己救人,宜無子者三。多言耗氣,宜無子者四。喜飲鑠精,宜無子者五。好徹夜長坐,而不知葆元毓神,宜無子者六。其餘過惡尚多,不能悉數。」
新字:「地之穢者多生物,水之清者常無魚;余好潔,宜無子者一。和気能育万物,余善怒,宜無子者二。愛為生生之本,忍為不育之根;余矜惜名節,常不能捨己救人,宜無子者三。多言耗気,宜無子者四。喜飲鑠精,宜無子者五。好徹夜長坐,而不知葆元毓神,宜無子者六。其余過悪尚多,不能悉数。」
書き下し
「地の穢れたる者は多く物を生じ、水の清き者は常に魚無し。余は潔を好む。宜しく子無かるべき者一なり。和氣は能く萬物を育つ。余は善く怒る。宜しく子無かるべき者二なり。愛は生生の本為り、忍は不育の根為り。余は名節を矜惜し、常に己を捨てて人を救ふ能はず。宜しく子無かるべき者三なり。多言は氣を耗す。宜しく子無かるべき者四なり。喜んで飲めば精を鑠かす。宜しく子無かるべき者五なり。好んで徹夜長坐して、元を葆ち神を毓ふことを知らず。宜しく子無かるべき者六なり。其の餘の過惡尚ほ多く、悉くは數ふる能はず」と。
現代語訳
「汚れた土地は多くのものを生み、澄んだ水にはいつも魚がいません。私は潔癖を好みます。これが子のないはずの理由の一つ目です。和やかな気は万物を育てますが、私はよく怒ります。これが二つ目です。愛は生命を生み続ける根本で、冷酷さは育たないことの根です。私は自分の名誉と節操を惜しみ、自分を犠牲にして人を救うことがなかなかできません。これが三つ目です。口数が多いと気を消耗します。これが四つ目です。酒を好んで飲むと精を損ないます。これが五つ目です。好んで夜通し座り込み、元気を保ち精神を養うことを知りません。これが六つ目です。そのほかの過ちや悪もまだ多く、すべては数えきれません」。
解説
了凡が、自分に子がない理由を六つ数え上げる段です。潔癖すぎること、怒りっぽいこと、名誉を惜しんで人を救わないこと、多弁、飲酒、夜更かし。一つひとつは小さな癖ですが、了凡はそれを子が生まれないという結果と結びつけて反省しています。「水の清き者は常に魚無し」という比喩は、清らかさを誇るあまり人を寄せつけない態度への戒めとして読めます。ここでの「忍」は我慢ではなく、情のない冷たさを指しています。完璧を求める人ほど、周りが育たないことがあります。自分の長所だと思っていることが、実は周りの芽を摘んでいないか、振り返る手がかりになる段です。
この章句が説くこと
改過内省寛容潔癖怒り
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