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論語と算盤 / 成敗と運命・人事を尽して天命を待て

天命は人間が之を意識しても将た意識しなくつても、四季が順当に行はれて行くやうに、百事百物の間に行はれてゆくものたるを覚り、之に対する恭、敬、信を以てせねばならぬものだ、と信じさへすれば、『人事を尽して天命を待つ』なる語のうちに含まる〻真正の意義も、初めて完全に解し得らる〻やうになるものかと思ふ、されば実際世に処して行く上に於て、如何に天を解してゆくべきものかといふ問題になれば、孔夫子の解せられて居つた程度に之を解して、人格ある霊的動物なりともせず、天地と社会との間に行はる〻因果応報の理法を偶然の出来事なりともせず、之を天命なりとして恭、敬、信の念を以て対するのが、最も穏当なる考へ方であらうかと思ふのである。

書き下し

天命は人間がこれを意識しても、はたまた意識しなくても、四季が順当に行われて行くように、百事百物の間に行われてゆくものたるを覚り、これに対する恭、敬、信をもってせねばならぬものだ、と信じさえすれば、「人事を尽して天命を待つ」なる語のうちに含まるる真正の意義も、初めて完全に解し得られるようになるものかと思う。されば実際世に処して行く上において、いかに天を解してゆくべきものかという問題になれば、孔夫子の解しておられた程度にこれを解して、人格ある霊的動物なりともせず、天地と社会との間に行われる因果応報の理法を偶然の出来事なりともせず、これを天命なりとして恭、敬、信の念をもって対するのが、最も穏当なる考え方であろうかと思うのである。

現代語訳

天命は、人が意識してもしなくても、四季が順当に巡っていくように、あらゆる事物のあいだで行われていくものだと悟り、それに対して恭しさ・敬い・信をもって臨まねばならない——そう信じさえすれば、「人事を尽くして天命を待つ」という言葉に含まれる本当の意味も、初めて完全に理解できるようになると思う。だから実際に世を渡っていくうえで天をどう解すべきかという問題になれば、孔子が解していた程度にこれを解し、人格を持った霊的な存在とも見ず、天地と社会のあいだに行われる因果応報の理法を偶然の出来事とも見ず、これを天命として恭・敬・信の念をもって向かうのが、最も穏当な考え方だろうと思う。

解説

渋沢の天は、祈って動く相手ではない。祈願の有無で幸不幸を配分したり、手品師のような奇蹟を行ったりするものではない、とはっきり否定する。天命は、人が意識してもしなくても、四季が巡るように働いている。だから「人事を尽して天命を待つ」の待つは、あきらめでも他力でもない。人力ではどうにもならない大きな力があると認め、無理と不自然を慎み、そのうえで自分の側を尽くし切る——その構えを指している。少年時代に修験者の矛盾を突いた人が、七十を越えてたどり着いた宗教観である。因果応報の理法を偶然と見ない、というのは、結果には理由があるという実務家の確信でもある。

この章句が説くこと

人事を尽して天命を待つ天命恭敬信因果応報の理法

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