論語 / 里仁篇
子曰、里仁為美。擇不處仁、焉得知。
新字:子曰、里仁為美。択不処仁、焉得知。
書き下し
子曰わく、仁に里(お)るを美と為す。択びて仁に処らずんば、焉んぞ知を得ん。
現代語訳
住む場所や付き合う人は“仁”があるところが良い。仁から離れて賢い選択はできない。
解説
住む場所や付き合う相手は、思いやりの心(仁)が根づいているところを選ぶのがよい、と孔子は言います。そうした環境を選ばずにいては、本当の知恵は身につかない、というのです。人は誰しも、自分がふだん身を置く場所や、そこにいる人たちの雰囲気に大きく影響を受けます。互いを思いやり、安心して本音を言える環境にいれば、人は自然と伸びていきますが、疑いや冷たさに満ちた環境では、どんなに素質のある人も力を発揮できません。これは仕事先を選ぶ話だけではなく、子どもがどんな友達と過ごすか、どんな習い事の先生につくか、自分自身がどんな地域やご近所付き合いの中で暮らすかにも当てはまります。誰と、どこで過ごすかという選び方は、何を頑張るかと同じくらい、時にはそれ以上に、人生を左右する大切な選択なのです。
この章句が説くこと
里仁環境選択
関連する章句
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論語・衛霊公篇子貢、仁を為すを問う。子曰く、「工、其の事を善くせんと欲すれば、必ず先ず其の器を利くす。是の邦に居るや、其の大夫の賢者に事え、其の士の仁者を友とす。」
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「君子の陳蔡の閒に戹するは、上下の交わり無ければなり。」
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孫子・始計篇天とは、陰陽・寒暑・時制なり。
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孟子・滕文公章句下孟子、戴不勝に謂いて曰く、「子は子の王の善ならんことを欲するか。我明らかに子に告げん。此に楚の大夫有らんに、其の子の齊語せんことを欲すれば、則ち齊人をして諸に傅たらしめんか。楚人をして諸に傅たらしめんか。」曰く、「齊人をして之に傅たらしめん。」曰く、「一齊人之に傅たるも、衆楚人之を咻せば、雖日に撻(むちうつ)ちて其の齊たらんことを求むと雖も、得可からず。引いて之を莊嶽の間に置くこと數年ならば、日に撻ちて其の楚たらんことを求むと雖も、亦た得可からず。子、薛居州を善士と謂い、之をして王の所に居らしむ。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州ならば、王は誰と與にか不善を為さん。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州に非ざれば、王は誰と與にか善を為さん。一薛居州、獨り宋王を如何せん。」 <語釈> ○「咻」、音はキュウ、義はかまびすしくすること。○「莊嶽」、顧炎武云う、莊は是れ街の名、嶽は是れ里の名。
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説苑・奉使晏子將に荊に使いせんとす。荊王之を聞き、左右に謂いて曰く、「晏子は賢人なり。今方に來らんとす。之を辱めんと欲す、何を以てせん。」左右對えて曰く、「其の來るに爲り、臣請う一人を縛りて王を過りて行かしめん。」是に於て荊王晏子と立ちて語る。一人を縛る有り、王を過りて行く。王曰く、「何を爲す者ぞ。」對えて曰く、「齊人なり。」王曰く、「何の坐ぞ。」曰く、「盜に坐す。」王曰く、「齊人固より盜するか。」晏子反顧して之に曰く、「江南に橘有り、齊王人をして之を取りて江北に樹えしむるに、生じて橘と爲らず、乃ち枳と爲る。然る所以は何ぞ。其の土地之をして然らしむるなり。今齊人齊に居りて盜せず、荊に來りて盜す、土地之をして然らしむる無きを得んか。」荊王曰く、「吾子を傷つけんと欲して反りて自ら中れり。」
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孫子・行軍篇之を令するに文を以てし、之を斉うるに武を以てす。是を必取と謂う。