宋名臣言行録 / 前集巻八・龎籍
知定州請老召還京師公陳請不巳或謂公今精力克壯年少所不及主上注意方厚何遽引去若此之堅公曰必待筋力不支明主厭棄然後乃去是不得巳豈止足之謂耶凡上表者九手疏二十餘通朝廷不能奪五年聽以太子太保致仕
新字:知定州請老召還京師公陳請不巳或謂公今精力克壮年少所不及主上注意方厚何遽引去若此之堅公曰必待筋力不支明主厭棄然後乃去是不得巳豈止足之謂耶凡上表者九手疏二十余通朝廷不能奪五年聴以太子太保致仕
書き下し
定州を知る。老を請いて京師に召し還さる。公、陳請して已まず。或るひと謂う、公、今、精力克く壯なり。年少も及ばざる所なり。主上の注意、方に厚し。何ぞ遽かに引き去ること此くの如く之れ堅きやと。公曰く、必ず筋力の支えざるを待ち、明主厭棄して然る後に乃ち去らば、是れ已むを得ざるなり。豈に止足の謂いならんやと。凡そ表を上ること九、手疏二十餘通。朝廷、奪う能わず。五年、太子太保を以て致仕するを聽す。
現代語訳
定州の長官であった。隠退を願い出て都に召し返された。公は願い出てやまなかった。ある人が言った。「公はいま精力が旺盛です。若い者も及ばないほどです。主上の目のかけようも、まさに厚い。どうして急に、これほど固く身を引こうとされるのか」。公は言った。「必ず体力が持たなくなるのを待ち、明君に飽きられてから去るのであれば、それはやむを得ずということだ。どうして『足るを知って止まる』といえようか」。上表すること九通、自筆の上疏は二十余通。朝廷は思いとどまらせられなかった。五年、太子太保の位で隠退することを許された。
解説
まだ力があるうちに辞めた条です。止められての答えが、この条の中身でした。**体力が持たなくなるのを待ち、明君に飽きられてから去るのであれば、それはやむを得ずということだ。どうして「足るを知って止まる」といえようか。**辞めるという行いが同じでも、いつ辞めるかで中身が変わる、と。**上表すること九通、自筆の上疏は二十余通。**押し切るまでにそれだけ要りました。
この章句が説くこと
公今精力克く壮なり年少も及ばざる所なり必ず筋力の支えざるを待ち明主厭棄して然る後に乃ち去らば是れ已むを得ざるなり豈に止足の謂いならんや進退引き際自発
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