宋名臣言行録 / 前集巻二・錢若水
為舉子時見陳希夷於華山希夷曰明日當再來若水如期往見有一老僧與希夷擁地爐坐僧熟視若水乆之不語以火箸畫灰作做不得三字徐曰急流中勇退人也若水辭去希夷不復留後若水登科為樞宻副使年方四十致仕希夷初謂若水有仙風道骨意未決命僧觀之僧云做不得故不復留然急流中勇退去神仙中不逺矣僧麻衣道者也
新字:為舉子時見陳希夷於華山希夷曰明日当再来若水如期往見有一老僧与希夷擁地炉坐僧熟視若水久之不語以火箸画灰作做不得三字徐曰急流中勇退人也若水辞去希夷不復留後若水登科為枢密副使年方四十致仕希夷初謂若水有仙風道骨意未決命僧観之僧云做不得故不復留然急流中勇退去神仙中不遠矣僧麻衣道者也
書き下し
舉子為りし時、陳希夷に華山に見ゆ。希夷曰く、明日當に再び來るべしと。若水期の如く往きて見れば、一老僧の希夷と地爐を擁して坐する有り。僧、若水を熟視すること之を乆しくして語らず。火箸を以て灰に畫きて做不得の三字を作る。徐ろに曰く、急流中の勇退の人なりと。若水辭し去る。希夷復た留めず。後、若水科に登り、樞宻副使と為り、年方に四十にして致仕す。希夷初め若水に仙風道骨有りと謂うも、意未だ決せず。僧に命じて之を觀しむ。僧云う、做不得と。故に復た留めず。然れども急流中に勇退するは、神仙を去ること逺からざるなり。僧は麻衣道者なり。
現代語訳
科挙の受験生であったとき、陳希夷(陳摶)に華山で会った。希夷は「明日もう一度来なさい」と言った。銭若水が約束どおり行って会うと、一人の老僧が希夷と炉を囲んで坐っていた。僧は銭若水をじっと見つめて長いあいだ黙っていた。そして火箸で灰に「做不得(できない)」の三字を書いた。ゆっくりと言った。「急流の中で勇んで退く人だ」。銭若水は辞して去った。希夷はもう引き止めなかった。後に銭若水は科挙に及第し、枢密副使となり、四十でちょうど官を退いた。希夷ははじめ銭若水に仙人の風骨があると思ったが、決めかねていた。そこで僧に命じて見させた。僧は「できない」と言った。だからもう引き止めなかった。それでも急流の中で勇んで退くのは、神仙から遠くない。この僧は麻衣道者である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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易経・遯卦周易 第三十三卦。艮下乾上。易経。遯は、亨る。小しく貞しきに利ろし。初六、遯るるに尾たり、厲し、往く攸有るに用うる勿かれ。六二、之を執うるに黄牛の革を用う、之を説くに勝うる莫し。九三、系りて遯る、疾有りて厲し、臣妾を畜えば吉。九四、好しとして遯る、君子は吉、小人は否ず。九五、嘉く遯る、貞にして吉。上九、肥かに遯る、利ろしからざる无し。彖に曰く、
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論語・憲問篇子曰く、賢者は世を辟く。其の次は地を辟く。其の次は色を辟く。其の次は言を辟く。
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『文武訓』武訓下一左伝に、晋の随武子が曰く、可を見て進む。難を知りて退く。軍の善政なり。凡兵を用ふるに、進も退も度あり。度を失へばやぶる。進むべからずして進み、退くべからずして退くは、度を失ふなり。進むべくして進まず、退くべくして退かず。是亦度をうしなふなり。一敵陣にむかつては、進むべくして進み、退くべくして退く、是和語に、かかるも引くも折によるといふが如し。戦の道、進退によき節あり。勇者は進むべからずして進み、退くべくして退かず。是軍法の禁ずる所なり。大過とす。進むべくして進まず、退くべからずして退くは、是怯者のしわざなり、不及とす。是亦軍法の禁ずる所なり。進むべからずして進み、退くべくして退かず、進むべくして進まず、退くべからずして退く。此四のものは勇怯同じからざれども、ともに軍法に害あり。軍法にしたがひては、勇者もひとり進まず、怯者もひとり退かず。皆力を一にするは、良将の兵なり。一かかるにはさきにすすむを勇とし、引くにはあとにおくるるを勇とす。されども進むに先にあるは猶もやすし。退くにあとにあるは甚かたし。
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史記 范雎蔡沢列伝「夫れ商君・呉起・大夫種は、その人臣と為りて忠を尽くし功を致すは則ち願ふべし。閎夭の文王に事へ、周公の成王を輔くるや、豈にまた忠聖ならずや。君臣を以てこれを論ずれば、商君・呉起・大夫種のその願ふべきは、閎夭・周公といづれぞや」と。応侯曰く、「商君・呉起・大夫種は若かざるなり」と。蔡沢曰く、「然らば則ち君の主の慈仁にして忠に任じ、旧故に惇厚にして、その賢智と有道の士とに膠漆たり、義として功臣に倍かざるは、秦の孝公・楚の悼王・越王といづれぞや」と。応侯曰く、「未だ何如なるかを知らざるなり」と。蔡沢曰く、「今、主の忠臣に親しむは、秦の孝公・楚の悼王・越王に過ぎず。君の智を設くるや、能く主の為に危ふきを安んじ政を修め、乱を治め兵を彊くし、患ひを批ち難を折き、地を広め穀を殖やし、国を富まし家を足らし、主を彊くし、社稷を尊び、宗廟を顕かにし、天下敢へてその主を欺き犯す莫く、主の威は海内を蓋ひ震ひ、功は万里の外に彰れ、声名は光輝千世に伝はる、君は商君・呉起・大夫種といづれぞや」と。応侯曰く、「若かず」と。蔡沢曰く、「今、主の忠臣に親しみ旧故を忘れざるは孝公・悼王・句践に若かず、而して君の功績愛信親幸もまた商君・呉起・大夫種に若かず。然れども君の禄位貴盛にして、私家の富は三子に過ぐ、而して身退かざるは、恐らくは患ひの三子より甚だしからん、竊かに君の為にこれを危ぶむ。語に曰く『日中すれば則ち移り、月満つれば則ち虧く』と。物盛んなれば則ち衰ふるは、天地の常数なり。進退盈縮、時と変化するは、聖人の常道なり。故に『国に道有れば則ち仕へ、国に道無ければ則ち隠る』。聖人曰く『飛竜天に在り、大人を見るに利あり』と。『不義にして富み且つ貴きは、我に於いて浮雲の如し』と。今、君の怨みは已に讎いられ徳は已に報いられ、意欲至れり、而るに変計無し、竊かに君の為に取らざるなり。
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