論語 / 憲問篇
子言衞靈公之無道也。康子曰:「夫如是,奚而不喪?」孔子曰:「仲叔圉治賓客,祝鮀治宗廟,王孫賈治軍旅。夫如是,奚其喪?」
新字:子言衛霊公之無道也。康子曰:「夫如是,奚而不喪?」孔子曰:「仲叔圉治賓客,祝鮀治宗廟,王孫賈治軍旅。夫如是,奚其喪?」
書き下し
子、衛の霊公の無道なるを言う。康子曰く、「夫れ是くの如くんば、奚にして喪びざる。」孔子曰く、「仲叔圉は賓客を治め、祝鮀は宗廟を治め、王孫賈は軍旅を治む。夫れ是くの如くんば、奚ぞ其れ喪びん。」
現代語訳
先生が衛の霊公の無道ぶりについて話された。季康子が言った。「そのようであるのに、どうして(国を)失わないのでしょうか。」孔子がおっしゃった。「仲叔圉が外国からの客の応対をとりしきり、祝鮀が祖先のみたまやの祭りをとりしきり、王孫賈が軍隊をとりしきっています。そのようであれば、どうして(国を)失いましょうか。」
解説
君主が無道でも国が保たれる理由を、三人の担当者の名前で説明している。外交、祭祀、軍事。国の主要機能が、それぞれ有能な人に押さえられている。トップの質と組織の存続は、直結しないという冷静な観察である。この見方は現代の組織にもあてはまる。経営者に問題があっても、各部門に信頼できる人がいれば、事業はしばらく回る。逆に言えば、回っていることがトップの正当性を証明するわけではない。誰が実際に支えているのかを見誤ると、評価も対策も的を外す。またこの構造には限界もある。三人のうち一人が抜ければ、途端に崩れる。属人的な支えは強いが脆い。回っている理由を説明できるかどうかは、危機を予測できるかどうかと同じことである。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
分掌存続属人無道構造
関連する章句
-
『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段加様の手代出来るとも、汝いひぶんは無きはづなり。然るに引負せし手代あらば、請人にあづけ、難義をさすべし。此の如く主従ともに放埒にて悪事をなさば、汝の家を亡すことも、目下なるべし。子衛の霊公の無道を言ふ。康子曰く、夫れ是の如くにして奚ぞ喪びざると。孔子曰く、仲叔圉賓客を治め、祝鮀宗廟を治め、王孫賈軍旅を治む。是の如くんば奚ぞ其れ喪びんとの玉ふ。霊公無道なれども、三人の臣を用ゆるゆへに、国を有てり。汝が家に禅門あるは、衛に三人の臣あるが如し。然るに禅門死せんことを願ふ。禅門死せば、専ら汝が令に従ひ、終には家を亡ぼすべし。然れども心は是変易なり。汝今までの過ちを得心して改むるときは、忽ち変じて善となり、孝となるべし。語に曰く、其の徳を恒にせざれば或は之に羞を承けんと。子曰く、占はざるのみと説き玉へり。汝が占ひ、此の所にて有るべし。これまでの所作を占ひ変ずるものならば、人の進むる羞を免れ、子たる道に入りて、家栄え長久なるべし。
-
孔子家語・正論解衛の孫桓子、斉を侵し、敗に遇う。斉人之に乗じ、新築の大夫を執う。仲叔於奚、其の衆を以て桓子を救い、桓子乃ち免る。衛人邑を以て仲叔於奚に賞せんとするに、於奚辞す。曲懸の楽、繁纓もて以て朝せんことを請う。之を許し、書は三官に在り。子路衛に仕え、其の故を見て、以て孔子に訪う。孔子曰く、「惜しいかな、之に邑を多く与うるに如かず。惟だ器と名とは、以て人に仮すべからず、君の司る所なり。名は以て信を出し、信は以て器を守り、器は以て礼を蔵し、礼は以て義を行い、義は以て利を生じ、利は以て民を平らかにす、政の大節なり。若し以て人に仮さば、人に政を与うるなり。政亡べば、則ち国家之に従う、止むべからざるなり。」
-
論語・衛霊公篇衛の霊公、陳を孔子に問う。孔子対えて曰く、「俎豆の事は、則ち嘗て之を聞けり。軍旅の事は、未だ之を学ばざるなり。」明日遂に行る。陳に在りて糧を絶つ。従者病みて、能く興つこと莫し。子路慍りて見えて曰く、「君子も亦た窮すること有るか。」子曰く、「君子固より窮す。小人窮すれば斯に濫る。」
-
孔子家語・禮運言偃曰わく:「今の位に在る者、禮に由るを知る莫し。何ぞや。」孔子曰わく:「嗚呼哀しいかな!我周の道を觀るに、幽厲傷えるなり。吾魯を舍きて何くにか適かん。夫れ魯の郊及び禘は、皆禮に非ず。周公其れ已に衰えたるなり。杞の郊するや、禹たり。宋の郊するや、契たり。是れ天子の事守なり。天子杞宋二王の後たるを以て、周公政を攝りて太平を致せば、天子と同じきは是れ禮なり。諸侯社稷宗廟を祭るに、上下皆其の典を奉じ、祝嘏敢て其の常法を易えざれば、是を大嘉と謂う。今祝嘏の辭說をして、徒に宗祝巫史に藏せしむるは、禮に非ざるなり。是を幽國と謂う。醆斝尸君に及ぶは、禮に非ず。是を僭君と謂う。冕弁兵車、私家に藏するは、禮に非ず。是を脅君と謂う。大夫官を具え、祭器假らず、聲樂皆具わるは、禮に非ず。是を亂國と爲す。故に公に仕うるを臣と曰い、家に仕うるを僕と曰う。三年の喪、與新たに婚有る者は、期使わざるなり。衰裳を以て朝に入り、家僕と雜居して齊しく齒するは、禮に非ず。是を臣と君と國を共にすと謂う。天子田有り、以て其の子孫を處らしめ、諸侯國有り、以て其の子孫を處らしめ、大夫采有り、以て其の子孫を處らしむ、是を制度と謂う。天子諸侯に適けば、必ず其の宗廟に舍り、禮もて入るを籍らざれば、是を天子法を壞り紀を亂すと謂う。諸侯疾を問い喪を吊うに非ずして、諸臣の家に入れば、是を君臣謔を爲すと謂う。」
-
論語・衛霊公篇子曰く、吾の人に於けるや、誰をか毀り誰をか誉めん。如し誉むる所有らば、其れ試みる所有らん。斯の民や、三代の直道にして行いし所以なり。
-
論語・季氏篇孔子曰く、天下に道有れば、則ち礼楽征伐は天子より出づ。天下に道無ければ、則ち礼楽征伐は諸侯より出づ。諸侯より出づれば、蓋し十世にして失わざるは希なり。大夫より出づれば、五世にして失わざるは希なり。陪臣国命を執れば、三世にして失わざるは希なり。天下に道有れば、則ち政は大夫に在らず。天下に道有れば、則ち庶人は議せず。