論語 / 子路篇
冉子退朝,子曰:「何晏也?」對曰:「有政。」子曰:「其事也!如有政,雖不吾以,吾其與聞之!」
新字:冉子退朝,子曰:「何晏也?」対曰:「有政。」子曰:「其事也!如有政,雖不吾以,吾其与聞之!」
書き下し
冉子、朝より退く。子曰く、「何ぞ晏きや。」対えて曰く、「政有り。」子曰く、「其れ事ならん。如し政有らば、吾を以いずと雖も、吾其れ之を与り聞かん。」
現代語訳
冉子が朝廷から退出してきた。先生は「なぜ遅かったのか」とお尋ねになった。冉子は「政務がありました」とお答えした。先生はおっしゃった。「それは事務であろう。もし国政に関わることであれば、私は用いられていないとはいえ、耳に入ってくるはずだ。」
解説
冉子が政と言ったのに対して、孔子は事だろうと訂正した。国政と家政の区別である。冉子は季氏の家宰であり、そこで扱われるのは季氏の家の事務であって、国の政ではない。言葉の使い分けにこだわったのは、名を正すという孔子の一貫した姿勢からくる。同時に、季氏の家が国政を私物化している現実への批判にもなっている。言葉の選び方が実態の認識を作る、という例として読める。自分の担当業務を大げさな名前で呼ぶと、扱っている範囲を実際より広く認識してしまう。逆に、正確な名前で呼べば、自分がどこまでを担っているかが明確になる。孔子の訂正は細かいが、この細かさが認識のずれを防いでいる。
この章句が説くこと
正名政と事認識冉子区別
関連する章句
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論語・顔淵篇季康子、政を孔子に問う。孔子対えて曰く、「政とは、正なり。子帥いるに正を以てせば、孰か敢えて正しからざらん。」
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論語・先進篇季氏、周公より富めり。而して求や之が為に聚斂して之を附益す。子曰く、「吾が徒に非ざるなり。小子、鼓を鳴らして之を攻めて可なり。」
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