論語 / 先進篇
季氏富於周公,而求也爲之聚斂而附益之。子曰:「非吾徒也!小子鳴鼓而攻之,可也。」
新字:季氏富於周公,而求也為之聚斂而附益之。子曰:「非吾徒也!小子鳴鼓而攻之,可也。」
書き下し
季氏、周公より富めり。而して求や之が為に聚斂して之を附益す。子曰く、「吾が徒に非ざるなり。小子、鼓を鳴らして之を攻めて可なり。」
現代語訳
季氏は周公よりも富んでいた。それなのに冉求は季氏のために税を取り立てて、さらに富を増やしてやった。先生はおっしゃった。「あれはもう私の門人ではない。お前たち、太鼓を打ち鳴らして責め立ててよろしい。」
解説
孔子が弟子を破門に近い言葉で叱責した、稀な場面である。冉求は有能な実務家で、政事に優れると評価されていた。その能力が、既に富み過ぎている主君をさらに富ませるために使われた。有能さそのものが問題を大きくした形である。孔子の怒りは、税を取ったことより、誰のために能力を使ったかに向いている。実務家にとって重い問いだ。能力の高い人は、依頼された仕事を高い水準で仕上げる。だが、その仕事が誰の利益になり、誰の負担になるかを問う責任からは免れない。命じられたから、という説明は成り立たない。冉求は季氏の家宰であり、断れば地位を失う立場だった。それでも孔子は、私の門人ではないと切った。有能さは、方向を問われて初めて価値が決まる。
この章句が説くこと
冉求能力の方向聚斂責任破門
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