論語 / 泰伯篇
子曰:「禹,吾無間然矣!菲飮食,而致孝乎鬼神;惡衣服,而致美乎黻冕;卑宮室,而盡力乎溝洫。禹,吾無間然矣!」
新字:子曰:「禹,吾無間然矣!菲飲食,而致孝乎鬼神;悪衣服,而致美乎黻冕;卑宮室,而尽力乎溝洫。禹,吾無間然矣!」
書き下し
子曰く、禹は、吾間然すること無し。飲食を菲くして、孝を鬼神に致す。衣服を悪しくして、美を黻冕に致す。宮室を卑くして、力を溝洫に尽くす。禹は、吾間然すること無し。
現代語訳
先生がおっしゃった。「禹には、私は非の打ちどころを見いだせない。自分の飲食は粗末にして、祖先の祭祀には手厚く尽くした。自分の衣服は粗末にして、祭服の美しさは極めた。自分の住まいは質素にして、治水の水路には力を尽くした。禹には、私は非の打ちどころを見いだせない。」
解説
同じ賛辞で挟み込む構成が、孔子の完全な承認を示している。挙げられた三つは、どれも同じ形をしている。自分に使う分を削り、公のために使う分を極めた。飲食と祭祀、衣服と祭服、住まいと水路。私と公が一対一で対比され、削った分がそのまま公に回っている。単なる節約ではない。何を削って何に注ぐかが、はっきり設計されている。経営者の支出にそのまま置き換えられる構図である。役員室と現場の設備、接待費と研究費、自分の報酬と人への投資。どちらも必要だと言うのは簡単だが、資源は有限なので実際には配分が現れる。組織の人間は、その配分を驚くほど正確に見ている。何を語るかではなく、何を削って何に注いだかが、その人の優先順位そのものである。
この章句が説くこと
禹公私配分節約優先順位
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