論語 / 泰伯篇
子曰:「狂而不直,侗而不愿,悾悾而不信,吾不知之矣!」
書き下し
子曰く、狂にして直ならず、侗にして愿ならず、悾悾にして信ならずんば、吾之を知らず。
現代語訳
先生がおっしゃった。「志は大きいのにまっすぐでなく、未熟なのに実直でなく、愚直そうなのに誠実でない。そういう者を、私はどう扱えばよいか分からない。」
解説
三つの型が並んでいるが、いずれも欠点そのものではなく、欠点に付いてくるはずの美点が欠けている状態を指している。志が大きい人は、たいていまっすぐである。未熟な人は、たいてい実直である。愚直に見える人は、たいてい誠実である。欠点と美点は組で現れるのが普通で、だから欠点があっても救いようがある。ところが美点だけが抜け落ちている場合、手の付けようがない。孔子が匙を投げた理由がここにある。人を見るときに使える視点だ。荒削りな人物を採るかどうかは、荒削りさそのものではなく、それに伴うはずの美点が残っているかで判断できる。勢いのある人にまっすぐさがあるか、経験の浅い人に素直さがあるか。組で見ないと、欠点の大きさだけが目に入る。
この章句が説くこと
人物眼欠点と美点見極め誠実採用
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