論語 / 公冶長篇
子曰:「臧文仲居蔡,山節藻梲。何如其知也?」
書き下し
子曰く、臧文仲、蔡を居き、節を山にし梲に藻がく。何如ぞ其れ知ならん。
現代語訳
先生がおっしゃった。「臧文仲は占いに使う大亀を屋敷に置き、柱の上の枡形には山を彫り、梁の上の短い柱には水草を描かせた。それのどこが知恵者だというのか。」
解説
臧文仲は世間で知者と評判の人物だった。孔子はその評判を、身の回りの設えひとつで否定している。大亀も彫刻も、本来は君主の宗廟に許された格式である。分をわきまえない飾りを咎めたと読めるが、それだけではない。知恵があると評判の人が、なぜ格式の逸脱に鈍かったのか、という問いが立てられている。頭の良さと、自分の位置を見る目は別物だという指摘である。実務でもよく見る形だ。判断は鋭いのに、自分の権限の範囲には無自覚な人がいる。決裁を飛ばし、慣例を越え、それを効率と呼ぶ。周囲は能力を認めているぶん、指摘しにくい。知恵とは問題を解く力だけを指さない。自分がどこに立っているかを見誤らない力も、そこに含まれる。
この章句が説くこと
知恵分限僭越臧文仲自己認識
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