論語 / 述而篇
子曰:三人行,必有我師焉。擇其善者而從之,其不善者而改之。
新字:子曰:三人行,必有我師焉。択其善者而従之,其不善者而改之。
書き下し
子曰わく、三人行えば必ず我が師有り。其の善を択びてこれに従い、その不善を以てこれを改む。
現代語訳
孔子が『三人で行動すれば、そこには必ず私の師となる者がいる。彼らのうち善い人を選んで手本とし、良くない人を見ては自分の悪い点を改めるからである』と言われた。
解説
三人で連れ立って歩けば、その中に必ず自分の手本になる人がいる、という意味です。年齢や立場に関係なく、一緒にいる人の良いところは進んで見習い、良くないところは反面教師にして自分の振る舞いを直す。これは職場の同僚や取引先だけでなく、友人や近所の人、時には自分の子供からも学べるという教えです。子供の素直な物言いに教えられることもありますし、口うるさい人を見て「自分も気をつけよう」と思うこともできます。大切なのは、相手の立場が自分より上か下かで学ぶ姿勢を変えないことです。誰と一緒にいても、そこから何かしら学び取ろうとする謙虚さがあれば、日々の何気ない出会いの一つひとつが、自分を育てる貴重な機会に変わっていきます。
この章句が説くこと
学び謙虚さ内省成長
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