驢鞍橋 / 卷下
師の室に一冊の書なし、金剛經一卷、過去張一折のみ。本より學し給はすといへとも、經文語錄の玄奧を詰問するに、决せしめすと云ふことなし。又僧伽梨直綴等を用ゐ給はす。只へんてつを着し、我禪門也と云つて謙り、世の僧の上に居し給はす。然りといへとも、法意を決擇ある則んは、祖を罵ると大也。是れ凡とやせん、聖とやせん、我輩更に思量することを得す。後來同道の人出世して、判斷あるべき者也。
新字:師の室に一冊の書なし、金剛経一巻、過去張一折のみ。本より学し給はすといへとも、経文語録の玄奥を詰問するに、決せしめすと云ふことなし。又僧伽梨直綴等を用ゐ給はす。只へんてつを着し、我禅門也と云つて謙り、世の僧の上に居し給はす。然りといへとも、法意を決択ある則んは、祖を罵ると大也。是れ凡とやせん、聖とやせん、我輩更に思量することを得す。後来同道の人出世して、判断あるべき者也。
書き下し
師の室に一冊の書なし、金剛経一巻、過去張一折のみ。本より学し給はすといへとも、経文語録の玄奥を詰問するに、決せしめすと云ふことなし。又僧伽梨直綴等を用ゐ給はす。只へんてつを着し、我禅門也と云つて謙り、世の僧の上に居し給はす。然りといへとも、法意を決択ある則んは、祖を罵ると大也。是れ凡とやせん、聖とやせん、我輩更に思量することを得す。後来同道の人出世して、判断あるべき者也。
現代語訳
師の部屋には一冊の書もない。金剛経一巻と、過去帳一折があるだけである。もとより学問をされなかったけれども、経文や語録の奥義を詰問すると、決着をつけさせないということはなかった。また僧伽梨や直綴などの僧衣を用いられなかった。ただ編綴(粗末な衣)を着て、私は禅門だと言ってへりくだり、世の僧の上に座られなかった。それでいて、法の意を決着させるときは、祖師を罵ることもはばからなかった。これを凡人とすべきか、聖人とすべきか、我々には到底推し量ることができない。後に同じ道を行く人が世に出て、判断するはずのものである。
解説
この章句が説くこと
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史記 老子韓非列伝老子は、楚の苦県厲郷曲仁里の人なり。姓は李氏、名は耳、字は耼、周の守藏室の史なり。孔子、周に適き、将に礼を老子に問はんとす。老子曰く、「子の言ふ所の者は、其の人と骨と皆已に朽つ。独り其の言在るのみ。且つ君子は其の時を得ば則ち駕し、其の時を得ざれば則ち蓬累して行く。吾之を聞く、良賈は深く藏して虚しきが若く、君子は盛徳あるも容貌は愚なるが若し、と。子の驕気と多欲、態色と淫志を去れ。是れ皆子の身に益無し。吾が以て子に告ぐる所は、是くの若きのみ」と。孔子去り、弟子に謂ひて曰く、「鳥は、吾其の能く飛ぶを知る。魚は、吾其の能く游ぐを知る。獣は、吾其の能く走るを知る。走る者には以て罔を為す可く、游ぐ者には以て綸を為す可く、飛ぶ者には以て矰を為す可し。龍に至りては、吾其の風雲に乗りて天に上るを知る能はず。吾今日老子を見るに、其れ猶ほ龍のごときか」と。
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史記 管晏列伝晏子斉の相たり。出づ。其の御の妻、門間よりして其の夫を闚ふ。其の夫、相の御を為して、大蓋を擁し、駟馬に策ち、意気揚揚として甚だ自ら得たるなり。既にして帰る。其の妻去らんことを請ふ。夫其の故を問ふ。妻曰く、「晏子の長けは六尺に満たずして、身は斉国に相たり、名は諸侯に顕はる。今妾其の出づるを覩るに、志念深く、常に自ら下る有る者なり。今子は長け八尺、乃ち人の僕御為り、然るに子の意は自ら以て足れりと為す。妾是の以に去らんことを求むるなり」と。其の後夫自ら抑損す。晏子怪しみて之を問ふ。御実を以て対ふ。晏子薦めて大夫と為す。
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尚書・仲虺之誥自ら師を得る者は王たり、人(ひと)己(おのれ)に若(し)く莫(な)しと謂(い)う者は亡ぶ。