驢鞍橋 / 卷下
夜話の次曰く、去る處にて座頭旅路に蹈迷ひ、山中に一宿す。大木の中に休息して、聞苦しく候とも、一句聞召せ、我ら一宿の作法也と云つて、慇懃に琵琶を彈して、平家を一句打上て語る時に、空中に聲有り、扨て扨て承りこと、も一句と云ふ。座頭不審に思ひなから、又一句語る。又空上よりやれやれ御大儀と云ふ。半時ほどしければ、何者とは知らず、膳を持ち來り座頭を馳走す。座頭何は知らす、時分は好し、存分に食し、禮を云つて臥し、明れば、一人の獵人來て曰く、里迄案内申せとの御意也。此のうつほに取付き給へと云ふ。座頭悅ひ取付き行く里近くなりければ、童共の聲として、やれ座頭が狼の尾に取付て行くは行くはと云ふと思ひければ、引放して獵師は失せぬ。座頭は草かり童共と連れて里へ出て、庄屋の處に至り、夜前今朝のことを語る、庄屋手を打て曰く、扨ては左ありけるか昨晩我獨子に山の神御付きありて、我珍客を受けたる間、半時か中に其木の下に結搆に膳を一前拵へて置くべし、遲々せば取殺さんと、口ばしり給ふに仍て家中驚き、俄に拵て御意に叶ふ。扨ては御坊への馳走にて有りけるよな、名譽の座頭の坊なりとて彌よ馳走せしてと有りと去る人語れたり。
新字:夜話の次曰く、去る処にて座頭旅路に蹈迷ひ、山中に一宿す。大木の中に休息して、聞苦しく候とも、一句聞召せ、我ら一宿の作法也と云つて、慇懃に琵琶を弾して、平家を一句打上て語る時に、空中に声有り、扨て扨て承りこと、も一句と云ふ。座頭不審に思ひなから、又一句語る。又空上よりやれやれ御大儀と云ふ。半時ほどしければ、何者とは知らず、膳を持ち来り座頭を馳走す。座頭何は知らす、時分は好し、存分に食し、礼を云つて臥し、明れば、一人の猟人来て曰く、里迄案内申せとの御意也。此のうつほに取付き給へと云ふ。座頭悦ひ取付き行く里近くなりければ、童共の声として、やれ座頭が狼の尾に取付て行くは行くはと云ふと思ひければ、引放して猟師は失せぬ。座頭は草かり童共と連れて里へ出て、庄屋の処に至り、夜前今朝のことを語る、庄屋手を打て曰く、扨ては左ありけるか昨晩我独子に山の神御付きありて、我珍客を受けたる間、半時か中に其木の下に結搆に膳を一前拵へて置くべし、遅々せば取殺さんと、口ばしり給ふに仍て家中驚き、俄に拵て御意に叶ふ。扨ては御坊への馳走にて有りけるよな、名誉の座頭の坊なりとて弥よ馳走せしてと有りと去る人語れたり。
書き下し
夜話の次曰く、去る処にて座頭旅路に蹈迷ひ、山中に一宿す。大木の中に休息して、聞苦しく候とも、一句聞召せ、我ら一宿の作法也と云つて、慇懃に琵琶を弾して、平家を一句打上て語る時に、空中に声有り、扨て扨て承りこと、も一句と云ふ。座頭不審に思ひなから、又一句語る。又空上よりやれやれ御大儀と云ふ。半時ほどしければ、何者とは知らず、膳を持ち来り座頭を馳走す。座頭何は知らす、時分は好し、存分に食し、礼を云つて臥し、明れば、一人の猟人来て曰く、里迄案内申せとの御意也。此のうつほに取付き給へと云ふ。座頭悅ひ取付き行く里近くなりければ、童共の声として、やれ座頭が狼の尾に取付て行くは行くはと云ふと思ひければ、引放して猟師は失せぬ。座頭は草かり童共と連れて里へ出て、庄屋の処に至り、夜前今朝のことを語る、庄屋手を打て曰く、扨ては左ありけるか昨晩我独子に山の神御付きありて、我珍客を受けたる間、半時か中に其木の下に結搆に膳を一前拵へて置くべし、遅々せば取殺さんと、口ばしり給ふに仍て家中驚き、俄に拵て御意に叶ふ。扨ては御坊への馳走にて有りけるよな、名誉の座頭の坊なりとて弥よ馳走せしてと有りと去る人語れたり。
現代語訳
夜話のついでに言われた。ある所で、座頭が旅路で道に迷い、山の中で一泊した。大木の中で休息して、お聞き苦しいでしょうが、一句お聞きください、私どもの一宿の作法です、と言って、丁寧に琵琶を弾き、平家を一句語り上げたとき、空中に声があって、さてさて承りました、もう一句、と言う。座頭は不審に思いながら、また一句語った。また空の上から、やれやれご苦労、と言う。半時ほどすると、何者とも知らず膳を持ってきて座頭をもてなした。座頭は何も知らず、ちょうど時分もよく、存分に食べ、礼を言って寝た。夜が明けると、一人の猟師が来て言った。里まで案内せよとの御意です。この尾に取り付いてください、と言う。座頭は喜んで取り付いて行き、里が近くなると、子どもたちの声で、やれ、座頭が狼の尾に取り付いて行くよ、行くよ、と言うと思ったら、手を放して猟師は消えた。座頭は草刈りの子どもたちと連れ立って里へ出て、庄屋のところに行き、昨夜と今朝のことを語った。庄屋は手を打って言った。さては、そういうことだったか。昨晩、私の一人子に山の神がお憑きになって、我は珍客を迎えたので、半時のうちにその木の下に立派に膳を一つこしらえて置け、遅れたら取り殺すぞ、と口走られたので、家中が驚き、急いでこしらえてご意向にかなえた。さては御坊へのおもてなしだったのだな。名誉の座頭の坊だ、と言って、いよいよもてなした、とある人が語った。
解説

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徒然草・第233段万の科あらじと思はば、何事にも誠ありて、人を分かず恭しく、言葉すくなからむには如かじ。男女老少みなさる人こそよけれども、殊に若くかたちよき人の、言うるはしきは、忘れがたく思ひつかるゝものなり。よろづのとがは、馴れたるさまに上手めき、所得たるけしきして、人をないがしろにするにあり。
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史記 扁鵲倉公列伝時に未だ往かざるに、会々慶の子男殷来りて馬を献ず。師光に因りて馬を王の所に奏す。意故を以て殷と善きを得たり。光又意を殷に属して曰く、『意は数を好む。公必ず謹みて之を遇せよ。其の人は聖儒なり』と。即ち書を為りて意を以て陽慶に属す。故を以て慶を知る。臣意慶に事ふること謹む。故を以て意を愛するなり」と。臣意に問ひて曰く、「吏民嘗て事として意の方を学び、及び畢く尽く意の方を得たるもの有りや不や。何れの県里の人ぞ」と。対へて曰く、「臨菑の人宋邑。邑学ぶ。臣意教ふるに五診を以てすること、歳余。済北王太医高期・王禹を遣はして学ばしむ。臣意教ふるに経脈の高下及び奇絡の結、当に俞の居る所を論ずべきこと、及び気の当に上下出入すべき邪正逆順、以て鑱石に宜しきこと、砭灸の処を定むることを以てすること、歳余。菑川王時に太倉の馬長馮信を遣はして方を正さしむ。臣意教ふるに案法逆順、薬法を論じ、五味及び和斉湯法を定むることを以てす。高永侯の家丞杜信、脈を喜み、来り学ぶ。臣意教ふるに上下経脈五診を以てすること、二歳余。臨菑の召里の唐安来り学ぶ。臣意教ふるに五診上下経脈、奇咳、四時陰陽に応ずるの重を以てす。未だ成らずして、除せられて斉王の侍医と為る」と。臣意に問ふ、「病を診し死生を決するに、能く全く失無きか」と。臣意対へて曰く、「意病人を治するに、必ず先づ其の脈を切して、乃ち之を治す。敗逆なる者は治すべからず。其の順なる者は乃ち之を治す。心脈に精しからず、期する所の死生、治すべきを視るに、時時之を失す。臣意全くする能はざるなり」と。太史公曰く、女は美悪と無く、宮に居れば妒まる。士は賢不肖と無く、朝に入れば疑はる。故に扁鵲は其の伎を以て殃せられ、倉公乃ち跡を匿して自ら隠れて刑に当たる。緹縈尺牘を通じ、父以て後に寧きを得たり。故に老子曰く、「美好なる者は不祥の器なり」と。豈に扁鵲等を謂ふか。倉公の若き者は、之に近しと謂ふべし。手の三陽の脈は、手より頭に至るまで長さ五尺、五六合して三丈。
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尚書・秦誓如し一介の臣有りて、斷斷猗として他の技無く、其の心休休焉として、其れ容るる有るが如くんば。
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説苑・說叢士は利を以て移らず、患を為して改めず、孝敬忠信の事立てば、死すと雖も悔いず。智にして私を用うるは、愚にして公を用うるに如かず。故に曰く、巧偽は拙誠に如かずと。學問倦まざるは、己を治むる所以なり。教誨厭わざるは、人を治むる所以なり。虛無を貴ぶ所以の者は、變に應じて時に合するを得ればなり。冠故しと雖も、必ず首に加う。履新たなりと雖も、必ず足に關す。上下分有り、相倍くべからず。一心は以て百君に事うべく、百心は以て一君に事うべからず。故に曰く、心を正しくし、又た言を少なくせよと。
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『講孟余話』告子下 第二章此の章、徐行疾行を以て孝弟を論じ、言行衣服を以て堯桀を分つ。言浅近なりと云へども、其の然る所以の故を求めば、性の本然道の全体具に茲に存するは勿論なり。然れども心を舎てて言行を論ずるは至論に非ず。若し此の論のみを信ぜば、巧言令色、足恭色荘の者を以て孝弟とし、堯舜とするの誤りあらん。又或は義外の説に陥り、道を以て偽となすに近からん。是れ亦思はざるべからず。故に註に「詳らかにするに曹交の間、浅陋麤率、必ず其の進見の時、礼貌衣冠言動の間、多く礼に循はず、故に孟子之に告ぐること此の両節の如し」と云ふとあり。然れども曹交の浅陋麤率専ら言語上に於て求むべからず。唯言語外に於て其の精神を想像すべし。然らずんば十尺九尺の言浅陋の如しと云へども、上篇第七章足口耳目の喩の如きも亦相類すと云ふべし。故に其の浅陋の所は十尺九尺に非ず、其の言語動作の間少しも精神なきのみ。又梁襄王を以て曹交に比し、其の優劣を臆度せんに、襄王は小才ありて絶えて実心なし。曹交は遅鈍の極みと云へども、却つて少しの実心あり。故に襄王は必ず事を誤る人なり。曹交に至りては却つて大誤なかるべし。千古の人を懸空に論ずるは無益なれども、亦致格の一端ならんか。