驢鞍橋 / 卷下
その後當地に罷り下りし時、松平和泉殿へかく占ひ奉ると申しければ、和泉殿も扨て扨て機か付かなんだと肝を化し給ふ。その後又彼に至りければ、和泉殿曰く、此の程夜話の次に、去る道心者か、若君の御事加樣に占ひ奉ると御前へ申し上ければ、公方樣殊外御機嫌好く御座なされしと語り給ふと也。良有て曰く、其れに付ても、我命が惜く成うたり。此の君の佛法を御建立遊はさるゝを見て死度と也。
新字:その後当地に罷り下りし時、松平和泉殿へかく占ひ奉ると申しければ、和泉殿も扨て扨て機か付かなんだと肝を化し給ふ。その後又彼に至りければ、和泉殿曰く、此の程夜話の次に、去る道心者か、若君の御事加様に占ひ奉ると御前へ申し上ければ、公方様殊外御機嫌好く御座なされしと語り給ふと也。良有て曰く、其れに付ても、我命が惜く成うたり。此の君の仏法を御建立遊はさるゝを見て死度と也。
書き下し
その後当地に罷り下りし時、松平和泉殿へかく占ひ奉ると申しければ、和泉殿も扨て扨て機か付かなんだと肝を化し給ふ。その後又彼に至りければ、和泉殿曰く、此の程夜話の次に、去る道心者か、若君の御事加様に占ひ奉ると御前へ申し上ければ、公方様殊外御機嫌好く御座なされしと語り給ふと也。良有て曰く、其れに付ても、我命が惜く成うたり。此の君の仏法を御建立遊はさるゝを見て死度と也。
現代語訳
その後、こちらに下って来たとき、松平和泉殿に、このように占い申し上げたと申したところ、和泉殿も、さてさて気がつかなかった、と肝をつぶされた。その後またあちらに行ったところ、和泉殿が言われた。先ごろ夜話のついでに、ある道心者が若君のことをこのように占い申し上げたと御前へ申し上げたところ、公方様はことのほかご機嫌がよくていらっしゃった、と語られた、という。しばらくして言われた。それにつけても、私は命が惜しくなった。この君が仏法をご建立あそばされるのを見て死にたいものだ、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷下夜話の次、御普代衆来り、当君の御慈悲に在して、諸臣有難く存し奉ると、其品々を語り給ふ。師聞て曰く、夫れは仰せ有るも愚也。当君の御事に於ては、乍恐此の禅門か占ひ奉る物をと也。彼の人其故を問ふ。師曰く、我其の頃、濃州そぎの湯にありけるに御誕生の由告け来る也。我扨ても目出度御事哉、先つ寅卯辰巳とつゝき給ふ。是は如何なる聖人の出世有るか、扨て扨て広大なる徳を持ち来り給ふ大将軍哉と不憚申し奉りけれは、左右の人々驚て故を問ふ。我言ふ、されは近年公方様御不例に付て、御普代衆を始め、諸国の大名、其下々に至る迄、心更にさたかならず。端国者迄も、物を待つ心にて、万民安からさるに、やれ御誕生よと云ふと、天下ひしひしと治て、忽ち人の心穏かに成る也。是れうぶ声にて天下を治め給ふに非すや、何とうぶ屋の中にて天下を治め給ふと云ふ様の大威勢有ることと思召や。如是の主君、何の世にか有らんや。さぞ此の御代の太平ならんと申しければ、何れも感し奉らぬ人無し。
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『驢鞍橋』卷下師神田に至り給ふに及んで、彼の宿所の傍に二間四方の小坐敷あるを見て、好き死所見付けたり、これにて死せんずよと云て彼に入り給ふ。意斎、正智のみ常に左右に侍す。時に一僧、師に啓して曰く、医者衆御脉悪しと申す也、御気色如何候や。師笑て曰く、正三は三十年以前に死して置いたりと也。
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『驢鞍橋』卷下午の極月、夜話の次で曰く、仏法の御政道、如何にしてか御公儀へ訴へ奉らんとありければ、一僧曰く、無理に此方より申し上るとも、あなたより思召より無くんば、用に立つべからず。何とずあなたより召出さるゝ様な方便有らば然るべしと云ふ。師呵して曰く、夫けなたわけたことを、我前にて能く云はるゝこと也。我旨を知るべからず、是非に於て一命を捨て申し上けんと切れ切つて居る也。誠に云はるゝ物ならば、幽霊に成てなりとも申上け度く思ふ也。そのあなたより思召より玉ふ方便する抔と云ふことに非す。何とあらんとも、是非に申し達せんと云ふ機胸に指張て居る也。我旨を知るべからずと、大に呵し給ふ也。
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『驢鞍橋』卷上一日去る処へ至り玉ふに、其家の代官知行処へ往くとて、途中にて少し煩ひ死しける由申来る。師聞き愕然として曰く、扨々不便千万の事哉、我をも娑婆をも実に有ると思ひ居て俄に死す。苦み計り難し、嘆痛敷事也。爰を以て思へは少し志有りて、今か今かと片腰懸けたる様にも思ひ居る者は、亦大なる徳也。其日さまざまの事有り、晩に至りて曰く、一日徒に飮食したり、闇魔王に腹を打破られんすよと也。
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『驢鞍橋』卷下師遷化の後、不三老、門人に謂て曰く、此間人病を問へとも、之に取合はず、なにと仏法に替る事なしやなしやと計り尋ね給ふ。誠に遷化の日迄、此事のみ也。一生が間、あれほとも全体仏法を苦にし給ふものか、各志を守て師の念願を虚しう給ふべからすと□□也。
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『驢鞍橋』卷下己の五月廿八日の暁曰く、御坊主達もきつと弓を張りたるか如く、張合の心出るや、扨て又痛い痒いと、一切に付ていやな体哉と、きつと境界と張合て居る心有るやと也。去る者、何某病気なるが、一定死に窮て居ると語る。師聞て曰く、扨ても强者哉、是れ貴き人也。老病究りても、心しに切れぬ物也。