驢鞍橋 / 卷下
夜話に日く、人皆人を育ることを知らず、喩へば人有り、我化者幽靈をも何とも思はぬと云はば、あはれ出して見せたい迄、跡も見ずに逃けんずかと云て、はや人を推崩す也。是れ惡きこと也。若し左樣の者有らは、扨ても好き機質哉。夫夫なるほど强く用ひたるか好きそと機を付て育つへき也。是れ萬事に亘ること也。又曰く、愚なること世に多し、人皆子を能く育つることを知らず、まだ匍廻る頃より匍てこい、之れくれん、あれくれんと云て、只もの欲を授くる也。
新字:夜話に日く、人皆人を育ることを知らず、喩へば人有り、我化者幽霊をも何とも思はぬと云はば、あはれ出して見せたい迄、跡も見ずに逃けんずかと云て、はや人を推崩す也。是れ悪きこと也。若し左様の者有らは、扨ても好き機質哉。夫夫なるほど強く用ひたるか好きそと機を付て育つへき也。是れ万事に亘ること也。又曰く、愚なること世に多し、人皆子を能く育つることを知らず、まだ匍廻る頃より匍てこい、之れくれん、あれくれんと云て、只もの欲を授くる也。
書き下し
夜話に日く、人皆人を育ることを知らず、喩へば人有り、我化者幽霊をも何とも思はぬと云はば、あはれ出して見せたい迄、跡も見ずに逃けんずかと云て、はや人を推崩す也。是れ悪きこと也。若し左様の者有らは、扨ても好き機質哉。夫夫なるほど强く用ひたるか好きそと機を付て育つへき也。是れ万事に亘ること也。又曰く、愚なること世に多し、人皆子を能く育つることを知らず、まだ匍廻る頃より匍てこい、之れくれん、あれくれんと云て、只もの欲を授くる也。
現代語訳
夜話で言われた。人はみな人を育てることを知らない。たとえば、ある人が、私は化け物や幽霊も何とも思わない、と言えば、ああ、出して見せたいものだ、跡も見ずに逃げるだろう、と言って、すぐに人をくじいてしまう。これは悪いことである。もしそのような者がいれば、なんとも良い気質だな。それそれ、なるほど強く用いたのがよいぞ、と気迫をつけて育てるべきである。これは万事にわたることである。また言われた。愚かなことが世に多い。人はみな子どもをよく育てることを知らない。まだ這い回るころから、這っておいで、これをあげよう、あれをあげよう、と言って、ただ物欲を授けるのである、と。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『講孟余話』萬章下 首章然れども是れ吾が徒小人の知行偏廃の弊を言ふのみ。其の実は知にして行を廃するは真の知に非ず、行にして知を廃するは実の行に非ず。故に知行二つにして一つ、而して先後亦相待ちて済すことあるなり。抑々伯夷・伊尹・柳下恵の力ありて巧を闕くと云ふ者は、浅近の論に非ず。孔子の巧力倶に全きを以て是に比して、初めて其の少しき闕あるを見るのみ。孔門の諸子、顔淵・閔子・冉牛の「体を具へて微なる」如き、巧にして力足らずと言ふべし。子夏・子游・子張の「一体を具ふる」如き、力ありて巧足らずと言ふべし。後の道を学ぶ者、孔子を以て宗とすれば、巧力倶に至り、知行兼ね進むべきは勿論なれども、前輩を論じ及び人材を育する如きは、妄りに是を以て衆人を律することなかれ。人各々能あり不能あり。
-
葉隠・聞書第一御家中(ごかちゅう)、よき御被官(ごひかん)出来候様(できそうろうよう)に、人を仕立(した)て候事(そうろうこと)忠節なり。我が持分(もちぶん)を人を以て御用に立つるは本望(ほんもう)の事なり。
-
『韓非子』外儲說左下第三十三夫れ橘柚を樹うる者は、之を食えば則ち甘く、之を嗅げば則ち香し。枳棘を樹うる者は、成れば而ち人を刺す。故に君子は樹つる所を慎む。
-
論語・顔淵篇子曰く、『君子は人の美を成し、人の悪を成さず。小人は是に反す。』
-
史記 殷本紀伊尹之を嘉し、迺ち太甲訓三篇を作り、帝太甲を襃めて、太宗と称す。太宗崩じ、子沃丁立つ。帝沃丁の時、伊尹卒す。既に伊尹を亳に葬り、咎単遂に伊尹の事を訓へ、沃丁を作る。沃丁崩じ、弟太庚立つ。是を帝太庚と為す。帝太庚崩じ、子帝小甲立つ。帝小甲崩じ、弟雍己立つ。是を帝雍己と為す。殷の道衰へ、諸侯或いは至らず。帝雍己崩じ、弟太戊立つ。是を帝太戊と為す。
-
論語・陽貨篇子曰わく、性相近くして、習い相遠し。