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驢鞍橋 / 卷下

彼人問ふ。僧俗によらず、修行は何で仕るや。師示めして曰く、修行と云ふは、生死を離るへき願力を强く起し、縱ひ無間の底に入ても、此の一念心を失はずして、生々世々をかけて、終に生死を出でんと强く守ること也。此の心强ふても、强ふなければならず、如是守るを信心堅固の大とも、修行者とも云ふ也。なにと其方の道心も此の心か。彼者曰く、さ迄の道心にて候はず、緣に觸れては、心亂れかはしく候間、先つ十年ほど江戶を離れてあらんと存する也。師曰く、夫げな心にて。道心と云はるべからず。我は本よりさびじいぞ、やかましいぞと緣に障へらるゝと云ふことを知ずと也。

新字:彼人問ふ。僧俗によらず、修行は何で仕るや。師示めして曰く、修行と云ふは、生死を離るへき願力を强く起し、縦ひ無間の底に入ても、此の一念心を失はずして、生々世々をかけて、終に生死を出でんと强く守ること也。此の心强ふても、强ふなければならず、如是守るを信心堅固の大とも、修行者とも云ふ也。なにと其方の道心も此の心か。彼者曰く、さ迄の道心にて候はず、縁に触れては、心乱れかはしく候間、先つ十年ほど江戸を離れてあらんと存する也。師曰く、夫げな心にて。道心と云はるべからず。我は本よりさびじいぞ、やかましいぞと縁に障へらるゝと云ふことを知ずと也。

書き下し

彼人問ふ。僧俗によらず、修行は何で仕るや。師示めして曰く、修行と云ふは、生死を離るへき願力を强く起し、縦ひ無間の底に入ても、此の一念心を失はずして、生々世々をかけて、終に生死を出でんと强く守ること也。此の心强ふても、强ふなければならず、如是守るを信心堅固の大とも、修行者とも云ふ也。なにと其方の道心も此の心か。彼者曰く、さ迄の道心にて候はず、縁に触れては、心乱れかはしく候間、先つ十年ほど江戸を離れてあらんと存する也。師曰く、夫げな心にて。道心と云はるべからず。我は本よりさびじいぞ、やかましいぞと縁に障へらるゝと云ふことを知ずと也。

現代語訳

その人は尋ねた。僧俗によらず、修行は何でするのでしょうか。師は示して言われた。修行というのは、生死を離れようという願いの力を強く起こし、たとえ無間地獄の底に入っても、この一念の心を失わず、生まれ変わり死に変わりをかけて、ついには生死を出ようと強く守ることである。この心は強くても、なお強くなければならない。このように守るのを、信心堅固の人とも、修行者とも言うのである。どうだ、あなたの道心もこの心か。その者は言った。そこまでの道心ではございません。縁に触れると心が乱れがちですので、まず十年ほど江戸を離れていようと存じます。師は言われた。そんな心で、道心とは言えない。私はもとより、淋しいとか、やかましいとか、縁に妨げられるということを知らない、と。

解説

修行とは何かと問われ、正三は、生死を越えようという願いを、無間地獄の底に落ちても失わずに守り続けることだと答える。そのうえで、お前の道心はそれほどのものか、と問う。若者は、そこまでではない、江戸の騒がしさに心が乱れるので十年ほど離れたい、と本音を漏らす。正三は、環境に心を乱されるようでは道心とは言えない、自分は淋しさや騒がしさに左右されたことはない、と言う。環境のせいにする甘さを突いている。

この章句が説くこと

道心願力環境信心堅固本音修行

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