塩鉄論 / 散不足篇
賢良曰:「孔子讀史記、喟然而嘆、傷正德之廢、君臣之危也。夫賢人君子、以天下為任者也。任大者思遠、思遠者忘近。誠心閔悼、惻隱加爾、故忠心獨而無累。此詩人所以傷而作、比干、子胥遺身忘禍也。其惡勞人若斯之急、安能默乎?《詩》云:『憂心如惔、不敢戲談。』孔子棲棲、疾固也。墨子遑遑、閔世也。」大夫默然。
新字:賢良曰:「孔子読史記、喟然而嘆、傷正徳之廃、君臣之危也。夫賢人君子、以天下為任者也。任大者思遠、思遠者忘近。誠心閔悼、惻隠加爾、故忠心独而無累。此詩人所以傷而作、比干、子胥遺身忘禍也。其悪労人若斯之急、安能黙乎?《詩》云:『憂心如惔、不敢戯談。』孔子棲棲、疾固也。墨子遑遑、閔世也。」大夫黙然。
書き下し
賢良曰く、孔子史記を讀み、喟然として嘆ず、正德の廢れ、君臣の危きを傷めばなり。夫れ賢人君子は、天下を以て任と為す者なり。任大なる者は思うこと遠く、思うこと遠き者は近きを忘る。誠心閔悼し、惻隱爾に加わる、故に忠心獨りにして累無し。此れ詩人の傷みて作る所以にして、比干・子胥の身を遺れ禍を忘るる所以なり。其の人を勞するを惡むこと斯くの若く急なり、安んぞ能く默せんや。詩に云う、『憂心惔くが如し、敢えて戲談せず』と。孔子の棲棲たるは、固を疾めばなり。墨子の遑遑たるは、世を閔めばなり。/大夫默然たり。
現代語訳
賢良が言った。「孔子は古の記録を読んで、深くため息をついて嘆きました。正しい徳が廃れ、君臣の関係が危うくなっているのを痛んだからです。そもそも賢人君子とは、天下を自分の任務とする者です。任務が大きい者は遠くを思い、遠くを思う者は身近なことを忘れます。心から憐れみ痛み、いたわりの情がそこに加わる。だから忠の心はひとりのものとなり、しがらみがありません。これこそ詩人が痛んで詩を作った理由であり、比干や伍子胥が自分の身を忘れ災いを忘れた理由です。人が苦しめられていることを憎む気持ちがこれほど差し迫っているのに、どうして黙っていられましょうか。『詩経』にいう、憂いの心は焼けるようだ、冗談を言う気にもなれない、と。孔子があくせくと諸国をめぐったのは、頑なな世を憎んだからです。墨子が休みなく駆け回ったのは、世を憐れんだからです」。大夫は黙り込んだ。
解説
この章句が説くこと
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