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驢鞍橋 / 卷下

一日示めして曰く、娑婆は喜ふ心にては、何としても勢出つべからずと也。又手をひしと打ち、眼をすゑて曰く、あゝ大儀じやよ大儀じやよ、死ぬ時じゆつからんずか、皆忘れて居るらんと也。

書き下し

一日示めして曰く、娑婆は喜ふ心にては、何としても勢出つべからずと也。又手をひしと打ち、眼をすゑて曰く、あゝ大儀じやよ大儀じやよ、死ぬ時じゆつからんずか、皆忘れて居るらんと也。

現代語訳

ある日示して言われた。娑婆を喜ぶ心では、どうしても勢いは出ないだろう、と。また手をひしと打ち、目を据えて言われた。ああ、大儀じゃよ、大儀じゃよ。死ぬときは苦しいだろうか。みな忘れているのだろう、と。

解説

世の楽しみを喜んでいる心では、修行の勢いは出ない、と正三は言う。そして手を打ち、目を据えて、ああ大変だ、死ぬときは苦しいだろうに、みな忘れている、と嘆く。晩年の正三の、死を前にした切実な実感が、飾らない言葉で吐き出されている。楽しいことに心を奪われていると、いずれ来る苦しい局面への備えを忘れる。短いながら、正三の息遣いまで伝わってくるような条である。

この章句が説くこと

切実娑婆勢い晩年嘆き

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