驢鞍橋 / 卷上
心彌迷惑し、死出の山の大難堪え難く、正念を失ひ、死後畜生の如くにして冥より冥に落入り、其儘餓鬼畜生に躰を受けん事、口惜き事に非すや。扨々恐るべき事也。かほとの大事を持ちながら、是れを忘れてたわ事の娑婆に心を抜かし居る事、大なる油斷也。能く能く思ひ知り、此大事を平生引受けて守るべし。必ず一大事を忘れて世間に機を抜かすべからすと也。
新字:心弥迷惑し、死出の山の大難堪え難く、正念を失ひ、死後畜生の如くにして冥より冥に落入り、其儘餓鬼畜生に体を受けん事、口惜き事に非すや。扨々恐るべき事也。かほとの大事を持ちながら、是れを忘れてたわ事の娑婆に心を抜かし居る事、大なる油断也。能く能く思ひ知り、此大事を平生引受けて守るべし。必ず一大事を忘れて世間に機を抜かすべからすと也。
書き下し
心弥迷惑し、死出の山の大難堪え難く、正念を失ひ、死後畜生の如くにして冥より冥に落入り、其儘餓鬼畜生に体を受けん事、口惜き事に非すや。扨々恐るべき事也。かほとの大事を持ちながら、是れを忘れてたわ事の娑婆に心を抜かし居る事、大なる油断也。能く能く思ひ知り、此大事を平生引受けて守るべし。必ず一大事を忘れて世間に機を抜かすべからすと也。
現代語訳
心はいよいよ迷い困り、死出の山の大難は堪えがたく、正念を失い、死後は畜生のようになって、闇から闇へと落ち込み、そのまま餓鬼や畜生の体を受けるのは、口惜しいことではないか。なんとも恐るべきことだ。これほどの大事を持ちながら、これを忘れて、たわごとの娑婆に心を抜かしているのは、大きな油断である。よくよく思い知って、この大事を日頃から引き受けて守りなさい。決して一大事を忘れて、世間のことに気迫を抜かしてはならない、と。
解説
死後に迷い、闇から闇へと落ちていく様子を描いた後、正三は、これほどの一大事を忘れて世間の雑事に心を奪われているのは大きな油断だ、と結ぶ。一大事を日頃から引き受けて守れ、と。死後の世界の描写は当時の世界観に基づくが、人生で本当に大切なことを忘れ、目先のことに気を取られて日々を過ごしてしまう危うさは、いつの時代も変わらない。何が一大事かを見失わないよう求める条である。
この章句が説くこと
一大事油断死後雑事守る戒め
関連する章句
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『驢鞍橋』卷上一日去る僧来り、此比行脚の時、友に別れて俄に懶く成りたりと云ふ。師聞て曰く、仮に別れたるにさへ如是、況んや死して一人空く黄泉の旅に赴き、先も知らぬ闇路を行かん時さぞさぞ苦かるへし。兼て思知るへき事也。又曰く、其様に心変ずる物なる間、少々に気を養はずんは叶ふへからす。强く守り固く修め、何たる事にも苦まず、何ともなき様にすべし。兎角一大事起らで叶はす、大事さへ有らば大事を以て一切を使ふ也。
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『驢鞍橋』卷上一日示して曰く、人毎に死を忘れて今日角有れば、明日も角有らんと思ふ。亦人人今ではあらじと思ふ物也。究めて聞き事也。左様に思ひ居たる者共皆死失せし也。彼等も時を知るにあらず、各各やうに思ひし者共也。此理を弁へずあだなる身を我身と思ひ、仮の娑婆を我娑婆と思ひ、万才楽と限りなく楽み居る也。如是思懸けなき処に、俄に闇魔の使ふと来り、五臓六腑を責破り、命を責め取る時、眼くらみ耳かすかにして、舌すくみ総身に死苦せまり、苦みの堪えがたきのみならず、命の惜しさ娑婆のなごりの惜しさ云ふ計りなく、前後暗くして何くへ行くと云ふ道やりなく、其時に悔ふるともかひあらんや。
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『驢鞍橋』卷上一日去る処へ至り玉ふに、其家の代官知行処へ往くとて、途中にて少し煩ひ死しける由申来る。師聞き愕然として曰く、扨々不便千万の事哉、我をも娑婆をも実に有ると思ひ居て俄に死す。苦み計り難し、嘆痛敷事也。爰を以て思へは少し志有りて、今か今かと片腰懸けたる様にも思ひ居る者は、亦大なる徳也。其日さまざまの事有り、晩に至りて曰く、一日徒に飮食したり、闇魔王に腹を打破られんすよと也。
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『驢鞍橋』卷上去る暁衆に語て曰く不断には無きが、時々死機せまりて切也。亦暁ごとに時定まりて、大事ほぞの下より起り、胸に責め塞つて中々心安く息をつがるゝやうな事に非す。時に僧問、生死の大事を大事と申すや。師曰、何が大事と云ふとはなし、唯大事也。
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『驢鞍橋』卷下一日示めして曰く、娑婆は喜ふ心にては、何としても勢出つべからずと也。又手をひしと打ち、眼をすゑて曰く、あゝ大儀じやよ大儀じやよ、死ぬ時じゆつからんずか、皆忘れて居るらんと也。
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『驢鞍橋』卷上一日亡者弔ひの次て、師愕然として曰く、皆人計りを弔ふ弔ふと思つて、我も頓て弔らはるへしと云ふ事を知らず。仮にも思ひよらず、只有りて俄に詰りてぎくついて死す。さても暗き物哉と也。