驢鞍橋 / 卷上
夜話に曰く、我御意を以て正法を建立せば、諸宗を聚め、人々の云ひ分を書か共名判をさせ、取りて僉議すべし。何と自由に書出す人あらんや。時に一僧曰く、筆にて書き口にて云ふ分は、よく云ふ人もあるべし。師云、いや一言で五臟六腑を知る物也。其上三世佛を證據にして、互の修行の位を懺悔すべし。大略名利を離れたる程の人もあるべからずと也。
新字:夜話に曰く、我御意を以て正法を建立せば、諸宗を聚め、人々の云ひ分を書か共名判をさせ、取りて僉議すべし。何と自由に書出す人あらんや。時に一僧曰く、筆にて書き口にて云ふ分は、よく云ふ人もあるべし。師云、いや一言で五臓六腑を知る物也。其上三世仏を証拠にして、互の修行の位を懺悔すべし。大略名利を離れたる程の人もあるべからずと也。
書き下し
夜話に曰く、我御意を以て正法を建立せば、諸宗を聚め、人々の云ひ分を書か共名判をさせ、取りて僉議すべし。何と自由に書出す人あらんや。時に一僧曰く、筆にて書き口にて云ふ分は、よく云ふ人もあるべし。師云、いや一言で五臓六腑を知る物也。其上三世仏を証拠にして、互の修行の位を懺悔すべし。大略名利を離れたる程の人もあるべからずと也。
現代語訳
夜話で言われた。私がご意向によって正法を建立するなら、諸宗を集め、人々の言い分を書かせて名前と判を押させ、取って詮議しよう。どうして自由に書き出せる人があろうか。そのとき一人の僧が言った。筆で書き口で言う分には、よく言う人もいるでしょう。師は言われた。いや、一言で五臓六腑を知るものだ。そのうえ三世の仏を証拠にして、互いの修行の位を懺悔させよう。たいていは、名利を離れたほどの人もいないだろう、と。
解説
もし正法を立てる役目を与えられたら、各宗の僧に自分の考えを書かせ、署名させて吟味する、と正三は構想を語る。口先の上手な人もいるだろうという反論に、一言で腹の中まで分かるものだ、と答える。さらに、仏を証人に立てて互いの修行の程度を告白させれば、名利を離れた人はほとんどいないだろう、と。言葉の巧みさでなく、その奥の本心を見抜く目と、自己申告に責任を持たせる仕組みを示している。
この章句が説くこと
詮議見抜く本心仕組み正法名利
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