驢鞍橋 / 卷上
夜話の次て去る人一言法談に、大善知識も德大なるは後世の怨也と有りと云ふ。師聞て曰、然るべき事也。得法の人も善き事には樂み有るべし、何としても寳と成らんず。一言法談には殊勝の事有りけるよ。我好き事を聞きたりと也。
新字:夜話の次て去る人一言法談に、大善知識も徳大なるは後世の怨也と有りと云ふ。師聞て曰、然るべき事也。得法の人も善き事には楽み有るべし、何としても宝と成らんず。一言法談には殊勝の事有りけるよ。我好き事を聞きたりと也。
書き下し
夜話の次て去る人一言法談に、大善知識も徳大なるは後世の怨也と有りと云ふ。師聞て曰、然るべき事也。得法の人も善き事には楽み有るべし、何としても宝と成らんず。一言法談には殊勝の事有りけるよ。我好き事を聞きたりと也。
現代語訳
夜話のついでに、ある人が、『一言法談』に、大善知識でも徳が大きいのは後世の怨である、とあります、と言った。師は聞いて言われた。もっともなことだ。法を得た人も、良いことには楽しみがあるだろう。どうしても宝となってしまうだろう。『一言法談』には殊勝なことがあったのだな。良いことを聞いた、と。
解説
鎌倉時代の念仏者たちの言葉を集めた『一言芳談』に、立派な師でも徳が大きすぎるのは後世のあだになる、とある、と聞いて正三は深く同意する。法を得た人も、その徳を楽しみ、宝のように抱えてしまうからだ、と。成功や名声、人望さえも、それに執着すれば修行の妨げになる。優れた実績を持つ人ほど、その実績を宝物のように抱え込み、次の歩みを止めてしまう危うさを、短い会話が鋭く突いている。
この章句が説くこと
一言芳談徳執着名声善知識戒め
関連する章句
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『驢鞍橋』卷下一日、去る者来て曰く、何某和尚は、道者と云はれ給ふか、又此頃は悪名世間に語り伝ふと云ふ。師聞て曰く、左も無くして、人に道者と貴はれたる咎遁れ難かるへし。天道是れを許さんや。夫れほど又世間に耻を曝らして、その報ひを返さで叶はす。或は機違ひ、或は死苦病苦强かるへし。総じて徳無くして人に貴はるゝ程の咎なし。又曰く、天然と通力抔有り、奇特の業を作す性は、悪の性、化物性也。たとひ通有りとも、一悪をも断替かする為めにも成るへからす、心は人に易らすして人に貴はるゝこと、大なる咎也。
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『呻吟語』内篇・修身・身を愛する者は赫赫の名を貴ばず蝸は涎を以て覓めらる、蟬は身を以て黏せらる、螢は光を以て獲らる。故に身を愛する者は、赫赫の名を貴ばず。
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史記 伯夷列伝「君子は世を没して名の称せられざるを疾む」。賈子曰く、「貪夫は財に徇じ、烈士は名に徇じ、夸者は権に死し、衆庶は生を馮む」と。「同明は相ひ照らし、同類は相ひ求む。雲は龍に従ひ、風は虎に従ふ。聖人作りて万物覩はる」。伯夷・叔斉は賢なりと雖も、夫子を得て名益々彰はる。顔淵は篤学なりと雖も、驥尾に附して行ひ益々顕はる。巌穴の士、趣舎此くの若き時有り、類名堙滅して称せられざるは、悲しいかな。閭巷の人、行ひを砥ぎ名を立てんと欲する者は、青雲の士に附くに非ずんば、悪んぞ能く後世に施かんや。
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孫子・形篇勝を見ること衆人の知る所に過ぎざるは、善の善なる者に非ず。戦い勝ちて天下善と曰うも、善の善なる者に非ず。故に秋毫を挙ぐるも多力と為さず、日月を見るも明目と為さず、雷霆を聞くも聡耳と為さず。
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『墨子』修身彊からざれば智達せず、言信ならざる者は行果たさず。財に據りて以て人に分かつ能わざる者は、與に友とするに足らず。道を守ること篤からず、物に徧きこと博からず、是非を辯ずること察かならざる者は、與に遊ぶに足らず。本固からざる者は末必ず㡬うく、雄にして脩めざる者は其の後必ず惰る。源濁れば流れ清からず、行い信ならざれば名必ず耗る。名は徒らに生ぜず、而して譽は自ら長ぜず。功成り名遂ぐるも、名譽は虚假す可からず、之を身に反す者なり。言を務めて行を繁くすれば、辯なりと雖も必ず聴かれず。力多くして功を伐れば、勞すと雖も必ず圖られず。慧き者は心辯にして繁説せず、力多くして功を伐らず。此を以て名譽、天下に揚がる。言は多きを為すを務めずして智を為すを務め、文を為すを務めずして察を為すを務む。故に彼の智、察無く、身に在りて情、其の路に反する者なり。善、心に主たること無き者は留まらず、行、身に辯たること無き者は立たず。名は簡にして成る可からざるなり、譽は巧みにして立つ可からざるなり。君子は身を以て行を戴く者なり。利を思うこと尋ぎ、名を忘るること忽やかにして、以て天下に士為る可き者は、未だ嘗て有らざるなり。