驢鞍橋 / 卷上
一日尾州の人來て語て曰く、此比智多郡の者共七八人、越中の立山に參りけるに、去る者我女房の立山の地獄に走り込むを見て、驚き走り懸りて引留めんとするに、不叶して女房終に落入りけり。彼者不思儀に思ひながら家に歸るに、女房變る事なしと語る。師聞て曰く、さあるへし、古今ともに立山白山にて地獄に落ちたると見られし人共、一月二月して死するも有り、二年三年して死するも有り、亦七八十まで活るもあり、活ながら地獄に入りたる者數を知らず。此前奧にて去る者前後も知らす病みけるが、其家の前に二人の鬼有りて、亭主を兩方に引張りて炙ると、余人の目に見えたると云ふ事有り、
新字:一日尾州の人来て語て曰く、此比智多郡の者共七八人、越中の立山に参りけるに、去る者我女房の立山の地獄に走り込むを見て、驚き走り懸りて引留めんとするに、不叶して女房終に落入りけり。彼者不思儀に思ひながら家に帰るに、女房変る事なしと語る。師聞て曰く、さあるへし、古今ともに立山白山にて地獄に落ちたると見られし人共、一月二月して死するも有り、二年三年して死するも有り、亦七八十まで活るもあり、活ながら地獄に入りたる者数を知らず。此前奥にて去る者前後も知らす病みけるが、其家の前に二人の鬼有りて、亭主を両方に引張りて炙ると、余人の目に見えたると云ふ事有り、
書き下し
一日尾州の人来て語て曰く、此比智多郡の者共七八人、越中の立山に参りけるに、去る者我女房の立山の地獄に走り込むを見て、驚き走り懸りて引留めんとするに、不叶して女房終に落入りけり。彼者不思儀に思ひながら家に帰るに、女房変る事なしと語る。師聞て曰く、さあるへし、古今ともに立山白山にて地獄に落ちたると見られし人共、一月二月して死するも有り、二年三年して死するも有り、亦七八十まで活るもあり、活ながら地獄に入りたる者数を知らず。此前奥にて去る者前後も知らす病みけるが、其家の前に二人の鬼有りて、亭主を両方に引張りて炙ると、余人の目に見えたると云ふ事有り、
現代語訳
ある日、尾張の人が来て語った。近ごろ知多郡の者たち七、八人が越中の立山に参詣したところ、ある者が自分の女房が立山の地獄に走り込むのを見て、驚いて走り寄って引き留めようとしたが、かなわずに女房はついに落ち込んでしまいました。その者は不思議に思いながら家に帰ると、女房は何事もなかった、とのことです。師は聞いて言われた。そうだろう。昔から今まで、立山や白山で地獄に落ちたと見られた人たちは、一、二か月して死ぬ者もあり、二、三年して死ぬ者もあり、また七、八十まで生きる者もいる。生きながら地獄に入った者は数知れない。以前、奥州である者が前後も分からず病んでいたが、その家の前に二人の鬼がいて、亭主を両方から引っ張って炙っているのが、他の人の目に見えたということがあった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷下一日、了心庵に於て、去る僧云ふ、此の頃、丹波にて何某和尚に近里より亡者引導を頼み来る、時に和尚納所に命す。納所夜中のことなれば、六ヶ敷思ひ、少し腹立なから行て吊ひ、還て臥す。半時程しければ、彼の寺の門外さわかしく鳴渡る、納所不思議に思ひ、寮の戸少し明けて見れば、寺中、日中の如く耀き、大門より人一人びよつと入りわつわつと叫び来る見れば、先きに送りし亡者也。白帷子を着、頸にづだつを懸け、菅笠を阿弥陀にかぶり、竹杖にすかりて来る、足は鉄火筋の様に見えたり。又跡より六尺計りのまつくろなる人、鉄棒と思ほしき物を振り上け、急に追詰で来る。彼の亡者我寮へ真直に来り、戸のすきよりつゝと入り、どつちへ参らんやと云ふ。かれ和尚へ行けと云て戸を明くれば、方丈へ行く。納所明るを待ち、和尚に参り、前事を伸べ、御弔あれと云ふ。和尚聞き、何をかたわめを見たりと仰せ有りたると、彼の納所自ら語りけるを慥に承ると云ふ。
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『驢鞍橋』卷下一日、霊気吊の次、語て曰く、此の前、去る和尚の処に至りければ、彼の和尚の曰く、当所にて去る者の家より火飛出て、三昧に行て塚もゆること有り、塚は前の女房の塚也その男中々迷惑し、私に頼むに仍て、随分吊へとも火消えすと語り給ふ。我聞くと早く手もなく消えたりと云ふ。和尚故を尋ね給ふ。我云ふは、先つ向ふの亡者を吊では消ゆべからす。前の女房の火に非す、後の連相の火也。その子細は、亭主今ずひと間おもはしからさるに仍て、只もの元の女のことを云はんす、爰に於て、今の女の胸もゆる也。大略此の位なるべし。然る間、此の男に道理を云ひ聞かせ、比興者執著の深き奴哉と、ぐつと耻かしめ、扨て今の女房に中々其方か道理じやと、これに足をさせ、男か心を翻し、和睦させば、忽ち火消えんと云へは、和尚大に悅び、頓て如是覚ありしかば、其の儘火消えたり。加様のことも、医者の脉を好く見て薬を与るか如し。めたと吊ふては、功徳有るべからすと也。
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『驢鞍橋』卷上一日去る処へ至り玉ふに、其家の代官知行処へ往くとて、途中にて少し煩ひ死しける由申来る。師聞き愕然として曰く、扨々不便千万の事哉、我をも娑婆をも実に有ると思ひ居て俄に死す。苦み計り難し、嘆痛敷事也。爰を以て思へは少し志有りて、今か今かと片腰懸けたる様にも思ひ居る者は、亦大なる徳也。其日さまざまの事有り、晩に至りて曰く、一日徒に飮食したり、闇魔王に腹を打破られんすよと也。
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『驢鞍橋』卷下師一日、去る処に至り物語の次に曰く、人間の一生涯ほど詮なき物なし。如何なる病をか受け、如何なる死をか為し、まだ此の身に如何なる業か有らんす。扨て扨て大義の物哉也と。時に其処の内儀これを聞て、ひしと受けられたり。常々病者なるか、扨ても因果の業体を受け来ること哉。我身また如何なる業か有らんと思ふより、心切に成り、是非是非業を尽くさんと云つて、咒をくり経をよみ、身を扣きつねり、肉のつぐろ死するほどして、念仏経咒を以てひたせめに責められたり。十日ほど如是して、一晩、持仏堂にて罪業を懺悔し居られけれは、ふと死苦に責められ、その機抜けす、真実起る也。又業体を使ひ殺さんと云て人を使はす、我身を使ひ、扨てもいやな御上様やと云て、内の者どもと一つに働き、工夫一偏に勤むる人有り。去る程に頓て病も抜け、女気なく男の様にそ見えたり。師是れを真実の修行者とし給ふ也。
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『驢鞍橋』卷上夜話の次て、諸人幽霊様々意恨をなしたる物語を数多語る。師聞て曰く、さなくてはさなくては、かほど大事なる事を知らず、皆人毎に死ねばなにも無きやうに思ひ、悪を慎む心もなく、後世を恐るる人も無き間、斯くなくて不叶、扨々笑止千万なる事なり。時に去る人云、某は加様の物語を聞いても恐るゝ心無し。師曰く、夫れは業の深き故なり。彼人亦云、業にも恐るゝ心なし。師曰く、業に恐れさる大業人なり。
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『驢鞍橋』卷下何某殿語て曰く、先年吾女共死せし時、朦気して途方に暮れたり。時に正三広間の口に出て、その腐物早く持去て打捨てよと、高声に下知して寺に遣し給ふ。この声を聞くと、ふと心開けて胸安くなりたり。爰を以て思ふに、よき人の引導を受けば、必ず助るへき道理也。然るに今時引導坊主抔を択はざるは、非義なこと哉と也。