驢鞍橋 / 卷上
亦和合僧とて僧は和合を守らで不叶、六和合を守て衆に交るべし。其故は人惡き者は、先づ居處もつまる物也。只人に負けばいつくに在りても住好かるべし。是れ一つ。亦彼處を住處と定め、近國の能き人を尋ね、行逢ひては歸り歸りすべし。十人に逢へば十の德有る物也。是れ一つ。亦謙つて身を不惜、屎尿をも飛びかゝつて摑んで捨てんと思ふべし。萬事なまづけなうして叶ふへからす。總して修行には身を使ふが好き也。是れ一つ。右の趣き能々持ちて道心堅固なるべし。必ず抜かすべからずと也。
新字:亦和合僧とて僧は和合を守らで不叶、六和合を守て衆に交るべし。其故は人悪き者は、先づ居処もつまる物也。只人に負けばいつくに在りても住好かるべし。是れ一つ。亦彼処を住処と定め、近国の能き人を尋ね、行逢ひては帰り帰りすべし。十人に逢へば十の徳有る物也。是れ一つ。亦謙つて身を不惜、屎尿をも飛びかゝつて摑んで捨てんと思ふべし。万事なまづけなうして叶ふへからす。総して修行には身を使ふが好き也。是れ一つ。右の趣き能々持ちて道心堅固なるべし。必ず抜かすべからずと也。
書き下し
亦和合僧とて僧は和合を守らで不叶、六和合を守て衆に交るべし。其故は人悪き者は、先づ居処もつまる物也。只人に負けばいつくに在りても住好かるべし。是れ一つ。亦彼処を住処と定め、近国の能き人を尋ね、行逢ひては帰り帰りすべし。十人に逢へば十の徳有る物也。是れ一つ。亦謙つて身を不惜、屎尿をも飛びかゝつて摑んで捨てんと思ふべし。万事なまづけなうして叶ふへからす。総して修行には身を使ふが好き也。是れ一つ。右の趣き能々持ちて道心堅固なるべし。必ず抜かすべからずと也。
現代語訳
また、和合僧といって、僧は和合を守らなければならない。六和合を守って、衆に交わりなさい。そのわけは、人柄の悪い者は、まず居場所も狭くなるものだからだ。ただ人に負けていれば、どこにいても住みよいだろう。これが一つ。また、あちらを住まいと定めたら、近国の優れた人を尋ね、会っては帰り、帰ってはまた会いに行きなさい。十人に会えば十の徳があるものだ。これが一つ。また、へりくだって身を惜しまず、屎尿でも飛びかかってつかんで捨てようと思いなさい。何事もなまぬるくしていてはかなわない。おおよそ修行には、身を使うのがよい。これが一つ。以上の趣旨をよく保って、道心堅固でありなさい。決して抜かしてはならない、と。
解説
この章句が説くこと
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葉隠・聞書第一何某(なにがし)は気性者(きしょうもの)なり、何某の前にてかような儀を申し候(そうろう)」と話す人あり。それが面(つら)に似合わぬ言い分なり。曲者(くせもの)と言われたきまでなり。卑(いや)しき位なり。青き所がある人と見えたり。そのように、人の前にて物を言うは槍持(やりもち)中間(ちゅうげん)の出会い同然にて賤(いや)しき事なり。「侍たる者は、まず礼儀正しきとこそ美しけれ」と。扇・鼻紙・料紙・臥具(がぐ)などは、少しよき物にても苦しからざるなり。居宅・衣裳・諸道具など面(つら)に似合わぬ事する人多し。
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老子・第8章上善は水の若し。水は善く万物を利して争わず、衆人の悪む所に処る。故に道に幾し。居は地を善しとし、心は淵を善しとし、与は仁を善しとし、言は信を善しとし、正は治を善しとし、事は能を善しとし、動は時を善しとす。夫れ唯だ争わず、故に尤め無し。
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