李衛公問対 / 卷上
前代戰鬬,多是以小術而勝無術,以片善而勝無善,斯安足以論兵法也!
新字:前代戦鬬,多是以小術而勝無術,以片善而勝無善,斯安足以論兵法也!
書き下し
前代の戦闘は、多くは小術を以て術無きに勝ち、片善を以て善無きに勝つ。斯れ安んぞ以て兵法を論ずるに足らんや。
現代語訳
これまでの時代の戦いの多くは、わずかな技術で無策の相手に勝ち、一片の巧みさで拙劣な相手に勝ったに過ぎない。これでどうして兵法を論じるに足りようか。
解説
李靖は、過去の戦いの勝利の多くが、相手が未熟だったから成立したに過ぎないと切り捨てる。弱い相手に勝てたことと、真に実力があることとは別だという厳しい自己点検の視点である。仕事でも成果が出たとき、それが自分の力によるものか、単に相手の準備不足につけ込んだだけなのかを見分けるのは容易ではない。勝った経験に安住せず、本当に通用する力がついたのかを問い直す姿勢こそ、次の壁を越える鍵になる。
この章句が説くこと
自己点検実力謙虚
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