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呂氏春秋 / 恃君⑤

柱厲叔事莒敖公,自以為不知,而去居於海上,夏日則食菱芡,冬日則食橡栗。莒敖公有難,柱厲叔辭其友而往死之。其友曰:「子自以為不知故去,今又往死之,是知與不知無異別也。」柱厲叔曰:「不然。自以為不知故去。今死而弗往死,是果知我也。吾將死之以醜後世人主之不知其臣者也,所以激君人者之行,而厲人主之節也。行激節厲,忠臣幸於得察。忠臣察則君道固矣。」

新字:柱厲叔事莒敖公,自以為不知,而去居於海上,夏日則食菱芡,冬日則食橡栗。莒敖公有難,柱厲叔辞其友而往死之。其友曰:「子自以為不知故去,今又往死之,是知与不知無異別也。」柱厲叔曰:「不然。自以為不知故去。今死而弗往死,是果知我也。吾将死之以醜後世人主之不知其臣者也,所以激君人者之行,而厲人主之節也。行激節厲,忠臣幸於得察。忠臣察則君道固矣。」

書き下し

柱厲叔、莒の敖公に事う。自ら以て知られざると為して、去りて海上に居る。夏日は則ち菱芡を食らい、冬日は則ち橡栗を食らう。莒の敖公に難有り、柱厲叔、其の友に辭して往きて之に死せんとす。其の友曰く、「子自ら以て知られざると為し、故に去る、今又往きて之に死せば、是れ知らるると知られざると異別無きなり。」柱厲叔曰く、「然らず。自ら以て知られざると為し、故に去る。今死して往きて死せずんば、是れ果して我を知れるなり。吾將に之に死して以て後世の人主の其の臣を知らざる者を醜しめんとするなり。人に君たる者の行いを激して、人主の節を厲ます所以なり。行激せられ節厲まさるれば、忠臣、察を得るに幸いす。忠臣察せらるれば則ち君道固し。

現代語訳

柱厲叔は莒の敖公に仕えた。自分は認められていないと考えて、立ち去って海辺に住み、夏はひしの実を、冬はどんぐりの実を食べた。莒の敖公に難が起こると、柱厲叔は友に別れを告げて主君のために死のうとした。友は言った、「君は自分が認められないと思って去ったのに、今また行って死ぬのなら、認められると認められないとで区別がないではないか」。柱厲叔は言った、「そうではない。自分が認められないと思って去った。今死ぬべきときに行って死ななければ、それは主君が私を正しく見ていたことになる。私はあえて主君のために死んで、後世の、臣下を知らない君主を恥じ入らせようとするのだ。君たる者の行いを奮い立たせ、君主の節操を励ますためである。行いが奮い立ち節操が励まされれば、忠臣は認められることを願える。忠臣が認められれば君道は固まる」。

解説

柱厲叔の逸話は、認められずに去った臣が、あえて旧主の危難に殉ずる話です。要点は、彼の死が個人的な忠義を超え、「臣を見抜けない君主」を戒め、為政者に人を知る責任を促す社会的なメッセージだった点にあります。背景には、人材を正しく評価できるかどうかが国の存亡を分けるという戦国の人材観があります。優れた人を見抜き活かす責任は上に立つ者にあるという主張は、評価と登用をめぐる現代の組織論にも通じ、報われない働きにどう向き合うかという問いも投げかけます。

この章句が説くこと

柱厲叔莒敖公忠臣知遇君道人材登用

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