史記 / 夏本紀
禹傷先人父鯀功之不成受誅,乃勞身焦思,居外十三年,過家門不敢入。薄衣食,致孝于鬼神。卑宮室,致費於溝淢。陸行乘車,水行乘船,泥行乘橇,山行乘檋。左準繩,右規矩,載四時,以開九州,通九道,陂九澤,度九山。令益予衆庶稻,可種卑溼。命后稷予衆庶難得之食。食少,調有餘相給,以均諸侯。
新字:禹傷先人父鯀功之不成受誅,乃労身焦思,居外十三年,過家門不敢入。薄衣食,致孝于鬼神。卑宮室,致費於溝淢。陸行乗車,水行乗船,泥行乗橇,山行乗檋。左準縄,右規矩,載四時,以開九州,通九道,陂九沢,度九山。令益予衆庶稲,可種卑湿。命后稷予衆庶難得之食。食少,調有余相給,以均諸侯。
書き下し
禹先人の父鯀の功の成らずして誅を受くるを傷み、乃ち身を労し思ひを焦がし、外に居ること十三年、家門を過ぐるも敢へて入らず。衣食を薄くし、鬼神に孝を致す。宮室を卑くし、費を溝淢に致す。食少なければ、有餘を調へて相給し、以て諸侯を均しくす。
現代語訳
禹は、父の鯀が治水に失敗して誅を受けたことを痛み、身を粉にして心を焦がし、外で暮らすこと十三年、家の門を通っても、あえて中に入らなかった。衣食を切り詰め、鬼神への祭祀には孝を尽くした。住まいは質素にし、費用は水路の工事に注いだ。食糧が乏しい地域には、余っている所から調整して分け与え、諸侯を均等にした。
解説
「先人の失敗を教訓とし、私生活を犠牲にしてでも使命に打ち込み、成果は公平に分かつ」——禹の、治水にかけた献身を描いた、有名な一段です。禹は、父の鯀(こん)が、治水に失敗して処罰されたことを、深く心に刻んでいました。その父の無念と失敗を教訓として(禹傷先人父鯀功之不成受誅)、禹は、治水という使命に、身を粉にして打ち込みます。「身を労し、思いを焦がし、(治水のため)野外で暮らすこと十三年。その間、自分の家の門の前を通りかかっても、けっして中に入ろうとしなかった(居外十三年、過家門不敢入)」。これが、後世に語り継がれる「三たび家の門を過ぎるも入らず」の逸話です。私生活のいっさいを犠牲にして、使命に没頭したのです。その暮らしぶりは、徹底して質素でした。「自らの衣食は切り詰め(薄衣食)、住まいは粗末なものにとどめて(卑宮室)、その費用を、(民のための)治水工事(溝淢)に注ぎ込んだ(致費於溝淢)」。自分の贅沢を削って、その分を、公共の事業に投じたのです。さらに、その公平さも際立っていました。「食料が乏しいときには、余っているところから調整して融通し合い、(各地の)諸侯の間に、過不足がないよう、均しくした(食少、調有餘相給、以均諸侯)」。ここに、使命と献身についての教訓があります。第一に、先人(先輩・前任者)の失敗を、他人事とせず、我が身の教訓として深く学ぶこと(傷先人父鯀功之不成)。禹は、父の失敗の原因を胸に刻み、同じ轍を踏まぬよう、粉骨砕身した。他者の失敗は、最良の教科書である。第二に、大きな使命のためには、私生活の安楽をも犠牲にして打ち込む覚悟(過家門不敢入)と、自らの贅沢を削って、その分を本来なすべき事業に投じる姿勢(卑宮室、致費於溝淢)。自分の快適さより、果たすべき使命を優先する。第三に、成果や資源を、独占せず、公平に分かち合うこと(調有餘相給、以均諸侯)。組織や仕事で、先人の失敗を我が身の教訓として深く学ぶこと、私生活の安楽より使命を優先し自らの贅沢を削って事業に投じること、そして成果や資源を公平に分かち合うこと——禹の献身は、使命に打ち込む者のあり方を教えます。ただし、私生活を犠牲にする点は、聖王の極端な example であり、現代においては心身の健康との両立も大切であることを、あわせて心に留めるべきです。
この章句が説くこと
夏禹過家門不敢入先人の失敗を教訓に傷先人父鯀功之不成私生活を犠牲に使命へ薄衣食卑宮室
関連する章句
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『講孟余話』滕文公上 第四章「禹は八年外に於て、三たび其の門を過ぎて入らず」。禹の水を治むるや、塗山に娶りてより僅かに四日にして家を出づ。其の子啓生れて呱々として泣く、声外に聞ゆれども、敢へて門に入り是れを顧みず。且つ山川跋渉の労にて、手足胼胝し脛に毛なきに至る。其の労亦甚しと云ふべし。昔し聖人の天下の為にする是くの如し。然るに後世人君、生れては逸し生れては逸して、かかる艱難の事を夢にも知らず、実に勿体なきことなり。且つ本藩烈祖の如き、沐雨櫛風の労、甲冑生蝨の苦、大小二百五十度若しくは三百度に及ぶの戦場に臨み玉ふこと、実に夏禹八年の労に過ぐと云ふべし。今臣子たらん者此の恩を思はば、少しく自ら省みる所あるべし。禹の労に感じて遂に是れに及ぶ、亦是れ情の已むべからざるなり。
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