荘子 / 秋水
公孫龍口呿而不合,舌舉而不下,乃逸而走。
新字:公孫竜口呿而不合,舌舉而不下,乃逸而走。
書き下し
公孫竜口呿(こうきょ)して合わず、舌挙がりて下らず。乃ち逸(に)げて走る。
現代語訳
公孫竜は口をぽかんと開けたまま閉じることができず、舌が上がったまま下りてこなかった。そして逃げ出してしまった。
解説
たった一行の描写ですが、これほど生々しい敗北の姿もありません。口が閉じず、舌が下りず、逃げ出す。無敵の論客が、言葉を失ったのです。ここで面白いのは、彼が論破されたわけではないことです。議論に負けたのではなく、そもそも議論にならなかった。前段の孔子が老聃に会って「口を張りて嗋ずる能わず」となった場面と、まったく同じ描写が使われています。ただし孔子は三日黙って考え、公孫竜は逃げ出した。同じ体験をしても、そこから何を掴むかは分かれます。逃げるか、留まって考えるか。その差は決定的です。
この章句が説くこと
口呿而不合逃走打ちのめされた後留まるか逃げるか
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