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二宮翁夜話 / 巻之四

翁曰、交際は人道の必用なれど、世人交際の道を知らず、交際の道は碁将棋の道に法とるをよしとす、夫将棋の道は強き者駒を落して、先の人の力と相応する程にしてさす也、甚しき違ひに至ては、腹金とか又歩三兵と云までに外す也、是交際上必用の理なり、己富、且才芸あり学問ありて、先の人貧ならば、富を外すべし、先の人不才ならば、才を外すべし、無芸ならば、芸を外すべし、不学ならば、学をはづすべし、是将棋を指すの法なり、此の如くせざれば、交際は出来ぬなり、己貧にして不才、且無芸無学ならば、碁を打が如く心得べし、先の人富て才あり、且学あり芸あらば、幾目も置て交際すべし、是碁の道なり、此理独、碁将棋の道にあらず、人と人と相対する時の道も、此理に随ふべし。

書き下し

翁(おきな)曰(いわ)く、交際は人道の必用(ひつよう)なれど、世人(せじん)交際の道を知らず。交際の道は碁(ご)将棋の道に法(のっと)るをよしとす。夫(そ)れ将棋の道は強き者駒(こま)を落して、先(さき)の人の力と相応する程にしてさす也。甚(はなは)しき違ひに至りては、腹金(はらきん)とか又歩三兵(ふさんびょう)と云ふまでに外(はず)す也。是(これ)交際上必用の理なり。己(おのれ)富み、且(か)つ才芸あり学問ありて、先の人貧ならば、富を外すべし。先の人不才ならば、才を外すべし。無芸ならば、芸を外すべし。不学ならば、学をはづすべし。是将棋を指すの法なり。此くの如くせざれば、交際は出来ぬなり。己貧にして不才、且つ無芸無学ならば、碁を打つが如く心得べし。先の人富みて才あり、且つ学あり芸あらば、幾目(いくもく)も置きて交際すべし。是碁の道なり。此の理独(ひと)り、碁将棋の道にあらず、人と人と相対(あいたい)する時の道も、此の理に随(したが)ふべし。

現代語訳

翁が言われた。交際は人の道に欠かせないものだが、世の人は交際の道を知らない。交際の道は碁や将棋の作法に倣うのがよい。将棋では、強い者が駒を落として、相手の力と釣り合う程度に指す。差が甚だしいときは、飛車角を落とすとか、駒を歩三枚と三兵だけにするというところまで落とす。これが交際の上で必要な道理だ。自分が富み、才芸も学問もあって、相手が貧しければ、富を落とすべきだ。相手が才に乏しければ才を落とし、芸がなければ芸を落とし、学がなければ学を落とすべきだ。これが将棋を指す作法である。こうしなければ交際はできない。逆に自分が貧しく才もなく、芸も学もなければ、碁を打つときのように心得よ。相手が富み、才も学も芸もあれば、何目も置いて交際するべきだ。これが碁の道である。この道理は碁将棋に限らない。人と人とが向き合うときの道も、この理に従うべきである。

解説

人づき合いの心得を、碁と将棋の「手加減」にたとえて説いた一条です。将棋の強者が駒を落として相手と力を釣り合わせるように、富や才・学のある者は、それを一歩引いて相手に合わせるべきだと尊徳は言います。逆に自分が及ばぬ立場なら、碁で何目も置くように謙虚に構える。互いの力の差を見て自然に釣り合いを取る――これが交際を成り立たせる道理だというのです。優れた者が優位を誇示せず、あえて身を低くして相手に合わせるこの姿勢は、報徳の「推譲」と「分度」に通じます。上下や貧富の差を対立ではなく調和へと転じる知恵として、現代の人間関係やリーダーシップにも生きる、温かく実際的な処世訓です。

この章句が説くこと

二宮翁夜話報徳交際碁将棋手加減推譲

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