二宮翁夜話 / 巻之四
翁曰、凡物、根元たる者は、必卑き物なり、卑しとて、根元を軽視するは過なり、夫家屋の如き、土台ありて後に、床も書院もあるが如し、土台は家の元なり、是民は国の元なる証なり、扨諸職業中、又農を以て元とす、如何となれば、自作て食ひ、自織て着るの道を勤ればなり、此道は、一国悉く是をなして、差閊無きの事業なればなり、然る大本の業の賤きは、根元たるが故なり、凡物を置くに、最初に置し物、必下になり、後に置たる物、必上になる道理にして、是則農民は、国の大本たるが故に賤きなり、凡事天下一同に之を為して、閊なき業こそ大本なれ、夫官員の顕貴なるも、全国皆官員とならば如何、必立可からず、兵士の貴重なるも、国民悉く兵士とならば、同く立可からず、工は欠く可からざるの職業なりといへ共、全国皆工ならば、必立可からず、商となるも又同じ、然るに農は、大本なるを以て、全国の人民皆農となるも、閊なく立行く可し、然れば農は万業の大本たる事、是に於て明了なり、此理を究めば、千古の惑ひ破ぶれ、大本定りて、末業自ら知るべきなり、故に天下一般是をなして、閊あるを末業とし、閊なきを本業とす、公明の論ならずや、然れば農は本なり、厚くせずば有可からず、養はずば有可からず、其元を厚くし、其本を養へば、其末は自ら繁栄せん事疑ひなし、扨枝葉とて猥に折る可からずと雖共、其の本根衰ふる時は、枝葉を伐捨て根を肥すぞ、培養の法なる。
書き下し
翁曰く、凡(およ)そ物、根元たる者は、必(かなら)ず卑(いや)しき物なり、卑しとて、根元を軽視するは過(あやまり)なり、夫(それ)家屋の如き、土台(どだい)ありて後に、床(とこ)も書院もあるが如し、土台は家の元なり、是(これ)民は国の元なる証(あかし)なり、扨(さて)諸職業中、又農を以て元とす、如何(いか)となれば、自(みずか)ら作りて食い、自ら織(お)りて着るの道を勤(つと)むればなり、此の道は、一国悉(ことごと)く是をなして、差閊(さしつかえ)無きの事業なればなり、然(しか)る大本の業の賤(いや)しきは、根元たるが故なり、凡そ物を置くに、最初に置きし物、必ず下になり、後に置きたる物、必ず上になる道理にして、是則(すなわ)ち農民は、国の大本たるが故に賤しきなり、凡そ事天下一同に之を為して、閊(つかえ)なき業こそ大本なれ、夫官員の顕貴(けんき)なるも、全国皆官員とならば如何、必ず立つ可(べ)からず、兵士の貴重なるも、国民悉く兵士とならば、同じく立つ可からず、工は欠く可からざるの職業なりといえども、全国皆工ならば、必ず立つ可からず、商となるも又同じ、然るに農は、大本なるを以て、全国の人民皆農となるも、閊なく立ち行く可し、然れば農は万業の大本たる事、是に於て明了なり、此の理を究(きわ)めば、千古の惑(まど)い破(やぶ)れ、大本定まりて、末業自ら知るべきなり、故に天下一般是をなして、閊あるを末業とし、閊なきを本業とす、公明の論ならずや、然れば農は本なり、厚くせずば有る可からず、養わずば有る可からず、其の元を厚くし、其の本を養えば、其の末は自ら繁栄せん事疑いなし、扨枝葉とて猥(みだ)りに折る可からずと雖(いえど)も、其の本根衰(おとろ)うる時は、枝葉を伐(き)り捨てて根を肥(こや)すぞ、培養の法なる。
現代語訳
翁が言われた。およそ物事の根元にあたるものは、必ず卑しく見えるものだ。しかし卑しいからといって根元を軽んじるのは誤りである。たとえば家屋も、土台があってこそ床の間も書院もある。土台は家の元だ。これは民が国の元である証拠でもある。さて諸職業の中でも、農業を元とする。なぜなら、自ら作って食べ、自ら織って着る道を努めるからだ。この営みは、一国のすべての人がこれを行っても差し支えのない仕事だからである。そうした大本の仕事が賤しく見えるのは、まさに根元だからだ。物を積むとき、最初に置いた物は必ず下になり、後に置いた物は必ず上になる道理で、農民は国の大本であるがゆえに賤しい位置にあるのだ。およそ天下の万人がこぞって行っても差し支えのない仕事こそ大本である。役人が高貴だといっても、国中すべてが役人になったらどうか。国は成り立つまい。兵士が貴重でも、国民がみな兵士になれば同じく成り立たない。職人は欠かせない職業だが、国中みな職人になれば成り立たない。商人も同じだ。ところが農は大本だから、全国民がみな農民になっても差し支えなく立ち行く。したがって農があらゆる職業の大本であることは、これで明らかだ。この道理を究めれば、千古の迷いも解け、大本が定まって末端の職業のことも自然に分かる。だから天下一般に行って差し支えのある職業を末業とし、差し支えのない職業を本業とする。公明正大な論ではないか。そうであれば農は本である。手厚くしなければならず、養わなければならない。その元を厚くしその本を養えば、末端は自然に繁栄すること疑いない。さて枝葉もむやみに折ってはならないが、根本が衰えたときには、枝葉を切り捨てて根を肥やす。これが培養の法なのだ。
解説
この章句が説くこと
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司馬法・嚴位凡そ大善は本を用い、其の次は末を用う。略を執り微を守り、本末は唯(た)だ権(はか)るのみ、戦なり。
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