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二宮翁夜話 / 巻之三

翁曰、儒に大極無極の論あれど、思慮の及ぶを大極と云ひ、思慮の及ばざるを無極と云へるのみ。思慮及ばずとて、無と云ふべからず。遠海波なし遠山木なしと云へど、無きにあらず、我が眼力の及ばざるなり、是に同じ。

書き下し

翁(おきな)曰(いわ)く、儒(じゅ)に大極(たいきょく)無極(むきょく)の論(ろん)あれど、思慮(しりょ)の及ぶを大極と云ひ、思慮の及ばざるを無極と云へるのみ。思慮及ばずとて、無(む)と云ふべからず。遠海(えんかい)波なし遠山(えんざん)木なしと云へど、無きにあらず、我が眼力(がんりき)の及ばざるなり、是(これ)に同じ。

現代語訳

翁(二宮尊徳)が言われた。儒学に太極・無極の議論があるが、思慮の及ぶところを太極といい、思慮の及ばないところを無極というにすぎない。思慮が及ばないからといって、それを「無い」と言ってはならない。遠くの海には波がなく、遠くの山には木がないと言うけれども、実際に無いのではなく、自分の視力が届かないだけなのだ。これと同じことである。

解説

宋学の難解な「太極・無極」の議論を、身近な譬えで解きほぐした一条です。人が「無い」と思うのは、多くの場合それが本当に存在しないのではなく、自分の思慮や視力が届かないだけだ、と尊徳は説きます。遠い海が凪いで見え、遠い山に木がないように見えるのは、対象ではなく観る側の限界にすぎません。ここには、自分の認識の狭さを自覚する謙虚さと、抽象論に溺れず現実に即して物を見る実学の精神が表れています。分からないことを安易に「無い」と切り捨てず、自分の見識の未熟を疑う姿勢は、学びや判断の場で今も大切な戒めだと教えてくれます。

この章句が説くこと

二宮翁夜話報徳太極無極認識の限界謙虚実学

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