二宮翁夜話 / 巻之三
翁曰、子貢曰、紂の不善此の如く甚しからず、是を以て君子は下流に居るを悪む、天下の悪皆帰す、とあり、下流に居るとは、心の下れる者と共に居るを云、夫紂王も天子の友とすべき者、則上流の人をのみ友となし居らば、国を失ひ悪名を得る事も有るまじきに、婦女子佞悪者のみを友となしたる故に、国亡びて悪是に帰したり、只紂王のみ然るにあらず、人々皆然り、常に太鼓持や、三味線引などゝのみ交り居らば、忽ち滅亡に至るは必定、夫も御尤是も御尤と、錆付者のみと交らば、正宗の名刀といへども腐れて用立ざるに至らん、子貢はさすが、聖門の高弟なり、紂の不善此の如く甚しからずといひ、是を以て君子は下流に居る事を悪むと教へたり、必紂が不善も、後世伝ふるが如く甚しきにはあらざるなるべし、汝等自戒めて下流に居る事なかれ。
書き下し
翁曰(いわ)く、子貢(しこう)曰く、紂(ちゅう)の不善此(か)くの如く甚(はなは)だしからず、是(これ)を以て君子は下流に居るを悪(にく)む、天下の悪皆帰(き)す、とあり。下流に居るとは、心の下(くだ)れる者と共に居るを云ふ。夫(それ)紂王も天子の友とすべき者、則(すなわ)ち上流の人をのみ友となし居らば、国を失ひ悪名を得る事も有るまじきに、婦女子佞悪者(ねいあくしゃ)のみを友となしたる故に、国亡(ほろ)びて悪是に帰したり。只紂王のみ然るにあらず、人々皆然り。常に太鼓持(たいこもち)や、三味線引などとのみ交り居らば、忽(たちま)ち滅亡に至るは必定(ひつじょう)。夫も御尤(ごもっと)も是も御尤もと、錆付(さびつく)者のみと交らば、正宗(まさむね)の名刀といへども腐(くさ)れて用立たざるに至らん。子貢はさすが、聖門の高弟なり、紂の不善此くの如く甚だしからずといひ、是を以て君子は下流に居る事を悪むと教へたり。必ず紂が不善も、後世伝ふるが如く甚だしきにはあらざるなるべし。汝等(なんじら)自ら戒めて下流に居る事なかれ。
現代語訳
翁が言われた。子貢が言うには「紂王の悪行もこれほど甚だしくはなかった。だから君子は下流にいることを憎むのだ。天下の悪はみなそこに集まる」とある。下流にいるとは、心の劣った者と一緒にいることを言う。そもそも紂王も天子の友とすべき者、つまり上流の人物ばかりを友としていれば、国を失い悪名を得ることもなかっただろうに、女子供やへつらう悪者ばかりを友としたために、国が滅んで悪の評判が彼に集まったのだ。ただ紂王だけがそうなのではない、人はみなそうだ。いつも太鼓持ちや三味線引きなどとばかり交わっていれば、たちまち滅亡に至るのは必定だ。「それもごもっとも、これもごもっとも」とへつらう錆びついた者とばかり交われば、正宗の名刀といえども錆びて役に立たなくなるだろう。子貢はさすがに孔子門下の高弟だ。紂王の悪行もこれほど甚だしくはなかったと言い、だから君子は下流にいることを憎むと教えた。きっと紂王の悪行も、後世に伝えられるほど甚だしくはなかったのだろう。お前たちも自ら戒めて、下流にいてはならない。
解説
この章句が説くこと
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