二宮翁夜話 / 巻之二
下館藩に高木権兵衛と云人あり、報徳信友講、結社成り、発会投票の時其札に、予は不仕合にて借金も家中第一なり、慥成る事も又第一なり、然といへ共、自分にて自分へは入札為し難し、是に依て鈴木郡助、と書付て入れられし事ありき、年を経て、高木氏は家老職となり、鈴木氏は代官役となれり、翁曰、今日にして、往年入札の事思ひ当れり、自ら藩中第一慥成る者と書たるに恥ず、又是に依て、鈴木某と書たるにも恥ず、真に意我なし、無比の人物と云べし。
書き下し
下館藩に高木権兵衛と云ふ人あり、報徳信友講、結社成り、発会投票の時其札に、予は不仕合(ふしあわせ)にて借金も家中第一なり、慥(たしか)成る事も又第一なり、然(しか)といへ共、自分にて自分へは入札為(な)し難し、是に依て鈴木郡助、と書付て入れられし事ありき、年を経(へ)て、高木氏は家老職となり、鈴木氏は代官役となれり、翁曰(いわ)く、今日にして、往年入札の事思ひ当れり、自(みずか)ら藩中第一慥(たしか)成る者と書たるに恥(は)ぢず、又是に依て、鈴木某(ぼう)と書たるにも恥ぢず、真に意我(いが)なし、無比の人物と云ふべし。
現代語訳
下館藩に高木権兵衛という人がいた。報徳信友講という結社ができ、その発会にあたって投票を行った際、彼はその札にこう書いた。「私は不運で借金も家中で一番多い。しかし確かな人間であることもまた家中一番だ。とはいえ自分で自分に投票するのはやりにくい。だから鈴木郡助を推す」と書いて入れたのである。年月がたって、高木氏は家老職となり、鈴木氏は代官役となった。翁が言われた。今になって往年のあの投票のことに思い当たる。自分を藩中第一の確かな者と書いたことも恥じておらず、また鈴木某を推すと書いたことも恥じていない。まことに我意というものがない。比べる者のない人物というべきである。
解説
この章句が説くこと
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