二宮翁夜話 / 巻之一
翁曰、松明尽て、手に火の近付時は速に捨べし、火事あり、危き時は荷物は捨て逃出べし、大風にて船くつがへらんとせば、上荷を刎べし、甚しき時は帆柱をも伐るべし、此理を知らざるを至愚といふ。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、松明(たいまつ)尽(つき)て、手に火の近付(ちかづ)く時は速(すみやか)に捨(すつ)べし、火事あり、危(あやう)き時は荷物は捨(す)てて逃出(にげいづ)べし、大風にて船くつがへらんとせば、上荷(うわに)を刎(は)ぬべし、甚(はなはだ)しき時は帆柱をも伐(き)るべし、此(この)理を知らざるを至愚(しぐ)といふ。
現代語訳
翁(二宮尊徳)が言われた。松明が燃え尽きて手もとに火が近づいたときは、すみやかに捨てるべきだ。火事が起きて危ういときは、荷物を捨てて逃げ出すべきだ。大風で船が転覆しそうなときは、上荷を投げ捨てるべきだ。ひどいときには帆柱をも伐り倒すべきだ。この道理を知らないことを、この上ない愚かさという。
解説
危機に際しての決断と捨てる勇気を説いた、短くも鋭い一条です。手もとに迫った松明の火、火事のときの荷物、転覆しかけた船の上荷や帆柱――いずれも平時なら大切に守るべきものですが、危急のときにはためらわず捨てよ、と尊徳は説きます。惜しむ心に囚われて捨てるべきものを捨てられなければ、身も船も失う。何を守り何を捨てるか、その優先順位を見極める判断力こそが、危機を乗り越える鍵だというのです。倹約と蓄積を重んじる尊徳が、同時に大局のためには小を捨てる潔さを説いている点が重要で、これは前条までの富国論と表裏一体をなします。現代でも、危機管理や事業の撤退判断において、損失を最小に抑えるための決断力の大切さを教えてくれます。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳決断危機管理取捨大局観
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