忍経 / 稱為晉士
曹州于令儀者,市井人也,長厚不忤物,晚年家頗豐富。一夕,盜入其家,諸子擒之,乃鄰舍子也。令儀曰:「爾素寡過,何苦而盜耶?迫於貧爾。」問其所欲,曰:「得十千足以資衣食。」如其欲與之。既去,復呼之,盜大懼,語之曰:「爾貧甚,負十千以歸,恐為邏者所詰,留之至明使去。」盜大恐懼,率為良民。鄰里稱君為善士。君擇子姪之秀者,起學室,延名儒以掖之,子及姪傑效,繼登進士第,為曹南令族。
新字:曹州于令儀者,市井人也,長厚不忤物,晩年家頗豊富。一夕,盗入其家,諸子擒之,乃鄰舎子也。令儀曰:「爾素寡過,何苦而盗耶?迫於貧爾。」問其所欲,曰:「得十千足以資衣食。」如其欲与之。既去,復呼之,盗大懼,語之曰:「爾貧甚,負十千以帰,恐為邏者所詰,留之至明使去。」盗大恐懼,率為良民。鄰里称君為善士。君択子姪之秀者,起学室,延名儒以掖之,子及姪傑効,継登進士第,為曹南令族。
書き下し
曹州の于令儀なる者は、市井の人なり。長厚にして物に忤はず、晩年家頗る豐富なり。一夕、盜其の家に入る。諸子之を擒ふるに、乃ち鄰舍の子なり。令儀曰く「爾素より過寡し。何を苦しみて盜むや。貧に迫らるるのみ」と。其の欲する所を問ふに、曰く「十千を得ば以て衣食に資するに足る」と。其の欲の如く之を與ふ。既に去るに、復た之を呼ぶ。盜大いに懼る。之に語りて曰く「爾貧甚し。十千を負ひて以て歸らば、恐らくは邏者の詰る所と為らん」と。之を留めて明に至りて去らしむ。盜大いに恐懼し、率ね良民と為る。鄰里君を稱して善士と為す。君子姪の秀なる者を擇び、學室を起し、名儒を延きて以て之を掖く。子及び姪傑效し、繼いで進士の第に登り、曹南の令族と為る。
現代語訳
曹州の于令儀という人は、町の商人でした。温厚篤実で人に逆らわず、晩年には家がかなり豊かになっていました。ある晩、泥棒が家に入り、息子たちが捕まえてみると、隣家の息子でした。令儀は言いました。「おまえはふだん過ちの少ない者だ。どうして盗みなどしたのか。貧しさに追い詰められただけだろう」。何が欲しいのかと尋ねると、「十千(銭一万)あれば衣食の足しになります」と言うので、望みどおりに与えました。立ち去りかけたところを、また呼び戻したので、泥棒はひどく怯えました。令儀は言いました。「おまえはとても貧しい。十千を背負って帰れば、夜回りに問い詰められるだろう」。そして夜が明けるまで引き留めてから帰しました。泥棒はすっかり恐れ入り、すっかり真面目な民になりました。近所の人々は令儀を善人と称えました。令儀は子や甥のうち優れた者を選び、学び舎を建て、名高い儒者を招いて導かせました。子や甥はそれぞれ成果を上げて、相次いで進士に合格し、曹南の名家となりました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『忍経』釋盜遺布陳寔、字は仲弓、太丘の長と爲る。人の梁上に伏す有り。寔見て、其の子を呼びて之に訓へて曰く、「夫れ不喜(善)の人は、未だ必ずしも本より惡ならず、習ひ以て性と成る。梁上の君子是れなり」と。俄かに自ら地に投じ、罪に伏するを聞く。寔曰く、「君の形狀を觀るに惡人に非ず、應に貧困に由るべし」と。乃ち布二端を遺り、之を改過せしむ。後更に盜無し。
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『忍経』德量過人韓魏公相州に鎮たり。祀に因りて宣省に宿す。偷兒有り、室に入り、刃を挺して曰く、「自ら濟ふこと能はず、濟ひを公に求む」と。公曰く、「几上の器具、百千に直すべし、盡く以て汝に與へん」と。偷兒曰く、「願はくは公の首を得て以て西人に獻ぜん」と。公即ち頸を引く。偷兒稽首して曰く、「公の德量人に過ぐるを以て、故に來りて相試みる。几上の物は已に公の賜を荷ふ、願はくは泄らすこと無かれ」と。公曰く、「諾」と。終に以て人に告げず。其の後、盜を爲す者他事を以て罪に坐し、當に死すべし。市中に於いて備さに其の事を言ひて曰く、「吾が死後を慮り、公の德の世に傳はらざるを惜しむ」と。
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『忍経』得金不認張知常上庠に在りし日、家金十兩を以て公に附致す。同舍生公の出づるに因りて、篋を發きて之を取る。學官同舍を集めて檢索し、因りて其の金を得たり。公認めずして、曰く「吾が金に非ざるなり」と。同舍生袖にして以て公に還すに至る。公其の貧しきを知り、半を以て之に遺る。前輩謂ふ、公の人に遣るに金を以てするは、人の能くする所なり。倉卒に金を得て認めざるは、人の能はざる所なり、と。
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『忍経』逾年後杖曹侍中彬は、人と為り仁愛にして恕多し。嘗て徐州に知たり。吏の罪を犯す有り、既に案を立つるも、年を逾えて然る後に之を杖うつ。人皆な其の旨を曉らず。彬曰く「吾聞く、此の人新たに婦を娶ると。若し之を杖うたば、彼の其の舅姑必ず婦を以て不利と為して之を惡み、朝夕笞罵して、自ら存すること能はざらしめん。吾故に其の事を緩くするも、法も亦赦さざるなり」と。其の志を用ふること此くの如し。
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『忍経』眾服公量彭公思永、始め舉に就く時、貧しくして餘資無く、唯だ金釧數隻を持して旅舍に棲む。同舉の者之に過る。衆請ひて釧を出して玩と爲す。客に其の一を袖間に墜す有り。公之を視て言はず。衆知る莫し。皆な驚きて之を求む。公曰く、「數は此に止まる、失ふこと有るに非ざるなり」と。將に去らんとするに、釧を袖にせし者揖して手を舉ぐ。釧地に墜つ。衆公の量に服す。
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