忍経 / 德量過人
韓魏公鎮相州,因祀宣省宿,有偷兒入室,挺刃曰:「不能自濟,求濟於公。」公曰:「几上器具可直百千,盡以與汝。」偷兒曰:「願得公首以獻西人。」公即引頸。偷兒稽首曰:「以公德量過人,故來相試,几上之物已荷公賜,願無泄也。」公曰:「諾。」終不以告人。其後,為盜者以他事坐罪,當死,於市中備言其事,曰:「慮吾死後,惜公之德不傳於世。」
新字:韓魏公鎮相州,因祀宣省宿,有偸児入室,挺刃曰:「不能自済,求済於公。」公曰:「几上器具可直百千,尽以与汝。」偸児曰:「願得公首以献西人。」公即引頸。偸児稽首曰:「以公徳量過人,故来相試,几上之物已荷公賜,願無泄也。」公曰:「諾。」終不以告人。其後,為盗者以他事坐罪,当死,於市中備言其事,曰:「慮吾死後,惜公之徳不伝於世。」
書き下し
韓魏公相州に鎮たり。祀に因りて宣省に宿す。偷兒有り、室に入り、刃を挺して曰く、「自ら濟ふこと能はず、濟ひを公に求む」と。公曰く、「几上の器具、百千に直すべし、盡く以て汝に與へん」と。偷兒曰く、「願はくは公の首を得て以て西人に獻ぜん」と。公即ち頸を引く。偷兒稽首して曰く、「公の德量人に過ぐるを以て、故に來りて相試みる。几上の物は已に公の賜を荷ふ、願はくは泄らすこと無かれ」と。公曰く、「諾」と。終に以て人に告げず。其の後、盜を爲す者他事を以て罪に坐し、當に死すべし。市中に於いて備さに其の事を言ひて曰く、「吾が死後を慮り、公の德の世に傳はらざるを惜しむ」と。
現代語訳
韓魏公(韓琦)が相州の長官であったとき、祭祀のために役所に泊まっていました。そこへ盗人が部屋に押し入り、刃物を突きつけて言いました。「自分ではどうにも暮らしが立たないので、あなたに助けを求めに来た」。韓琦は「机の上の道具は百千銭の値打ちがある。すべてお前にやろう」と言いました。盗人は「あなたの首をもらって、西の者(西夏)に献上したいのだ」と言いました。韓琦はすぐに首を差し伸べました。盗人は額を地につけて言いました。「あなたの徳と度量が人並み外れていると聞いたので、わざわざ試しに来たのです。机の上の物はもういただきました。どうかこのことは漏らさないでください」。韓琦は「よろしい」と言い、最後まで人に告げませんでした。その後、この盗人は別の事件で罪に問われて死刑となりましたが、刑場の市中でこの一件を詳しく語り、「私が死んだ後、公の徳が世に伝わらなくなるのが惜しいと思ったのだ」と言いました。
解説
この章句が説くこと
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