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忍経 / 呵辱自隱

李翰林宗諤,其父文正公昉,秉政時避嫌遠勢,出入僕馬,與寒士無辨。一日,中路逢文正公,前趨不知其為公子也,劇呵辱之。是後每見斯人,必自隱蔽,恐其知而自愧也。

新字:李翰林宗諤,其父文正公昉,秉政時避嫌遠勢,出入僕馬,与寒士無弁。一日,中路逢文正公,前趨不知其為公子也,劇呵辱之。是後毎見斯人,必自隠蔽,恐其知而自愧也。

書き下し

李翰林宗諤、其の父文正公昉、政を秉る時、嫌を避け勢を遠ざけ、出入の僕馬、寒士と辨無し。一日、中路に文正公の前趨に逢ふ。其の公子爲るを知らず、劇しく之を呵辱す。是の後斯の人を見る每に、必ず自ら隱蔽す。其の知りて自ら愧ぢんことを恐るるなり。

現代語訳

翰林学士の李宗諤は、父の文正公李昉が政権を握っていたころ、疑いを避け権勢から遠ざかり、出入りの供の者や馬も、貧しい書生と見分けがつかないほど質素でした。ある日、道の途中で父の文正公の先払いの者に出会いましたが、先払いは彼が宰相の子であると知らず、ひどく怒鳴りつけて辱めました。その後、李宗諤はこの人を見かけるたびに、必ず自分から身を隠しました。相手が事情を知って恥じ入ることを恐れたからです。

解説

北宋の李宗諤の逸話で、父は宰相の李昉です。李宗諤は父が権力の座にあったからこそ、身なりや供回りを質素にし、権勢を笠に着ないよう努めていました。そのため父の行列の先払いに、宰相の子と気づかれず怒鳴りつけられてしまいます。名乗れば相手はすぐ平伏したでしょうが、李宗諤はそうせず、以後もその人を見るたびに身を隠しました。自分が恥をかいたことより、相手に恥をかかせないことを気にかけたのです。自分が相手より上の立場だと知られたら、相手はどう感じるか。その想像ができる人は、辱めを受けても騒がず、相手の面目まで守ることができます。

この章句が説くこと

謙虚権勢面目

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