忍経 / 代錢不言
陳重,字景公,舉孝廉,在郎署。有同郎署負息錢數十萬,債主日至,請求無至,重乃密以錢代還。郎後覺知而厚辭謝之。重曰:「非我之為,當有同姓名者。」終不言惠。
新字:陳重,字景公,舉孝廉,在郎署。有同郎署負息銭数十万,債主日至,請求無至,重乃密以銭代還。郎後覚知而厚辞謝之。重曰:「非我之為,当有同姓名者。」終不言恵。
書き下し
陳重、字は景公、孝廉に舉げられ、郎署に在り。同じく郎署に息錢數十萬を負ふ有り。債主日に至り、請求して至らざる無し。重乃ち密かに錢を以て代りて還す。郎後に覺知して厚く之に辭謝す。重曰く、「我の爲すに非ず、當に同姓名の者有るべし」と。終に惠を言はず。
現代語訳
陳重は字を景公といい、孝廉に推挙されて郎署(宮中の侍従の役所)にいました。同じ郎署に、利子つきの借金を数十万銭抱えた者がいて、債権者が毎日やって来ては、厳しく返済を迫っていました。陳重はそこでひそかに自分の銭で代わりに返済しました。その郎は後で気づいて厚く礼を述べましたが、陳重は「私がしたのではありません。きっと同姓同名の人がいるのでしょう」と言い、最後まで恩恵を与えたことを口にしませんでした。
解説
前に袴の濡れ衣の話で出てきた後漢の陳重の、もう一つの逸話で、『後漢書』独行伝に見えます。借金に苦しむ同僚のために、陳重はひそかに代わりに返済し、礼を言われても同姓同名の別人がしたのだろうととぼけました。恩を施したことを隠すのは、相手に負い目を感じさせないための心配りです。恩を着せれば、助けた相手との関係はかえって重くなります。この書では、自分の善行を語らないことも、自らを抑える忍の一つとして扱われています。誰かを助けたときに、それを誇りたい気持ちをどう収めるか、身近なところで試される徳です。
この章句が説くこと
忍陰徳恩陳重謙虚
関連する章句
-
葉隠・聞書第一何某(なにがし)は気性者(きしょうもの)なり、何某の前にてかような儀を申し候(そうろう)」と話す人あり。それが面(つら)に似合わぬ言い分なり。曲者(くせもの)と言われたきまでなり。卑(いや)しき位なり。青き所がある人と見えたり。そのように、人の前にて物を言うは槍持(やりもち)中間(ちゅうげん)の出会い同然にて賤(いや)しき事なり。「侍たる者は、まず礼儀正しきとこそ美しけれ」と。扇・鼻紙・料紙・臥具(がぐ)などは、少しよき物にても苦しからざるなり。居宅・衣裳・諸道具など面(つら)に似合わぬ事する人多し。
-
葉隠・聞書第一少し理窟(りくつ)などを合点(がてん)したる時は、頓(やが)て高慢(こうまん)して、我今の世間に合はぬ生附(うまれつき)などと云ひて、我が上(うえ)あらじと思ふは、天罰あるべきなり。何様(いかよう)の能事(のうじ)持ちたりとも、人の好かぬ者は役に立たず。御用に立つ事、奉公する事には好きて、随分(ずいぶん)へりくだり、朋輩(ほうばい)の下に居るを悦ぶ心入(こころいれ)の者は、諸人(しょにん)嫌はぬものなり。「さてさて振(ふ)りある秘蔵(ひぞう)の者共(ものども)。」
-
老子・第8章上善は水の若し。水は善く万物を利して争わず、衆人の悪む所に処る。故に道に幾し。居は地を善しとし、心は淵を善しとし、与は仁を善しとし、言は信を善しとし、正は治を善しとし、事は能を善しとし、動は時を善しとす。夫れ唯だ争わず、故に尤め無し。
-
史記 老子韓非列伝老子は、楚の苦県厲郷曲仁里の人なり。姓は李氏、名は耳、字は耼、周の守藏室の史なり。孔子、周に適き、将に礼を老子に問はんとす。老子曰く、「子の言ふ所の者は、其の人と骨と皆已に朽つ。独り其の言在るのみ。且つ君子は其の時を得ば則ち駕し、其の時を得ざれば則ち蓬累して行く。吾之を聞く、良賈は深く藏して虚しきが若く、君子は盛徳あるも容貌は愚なるが若し、と。子の驕気と多欲、態色と淫志を去れ。是れ皆子の身に益無し。吾が以て子に告ぐる所は、是くの若きのみ」と。孔子去り、弟子に謂ひて曰く、「鳥は、吾其の能く飛ぶを知る。魚は、吾其の能く游ぐを知る。獣は、吾其の能く走るを知る。走る者には以て罔を為す可く、游ぐ者には以て綸を為す可く、飛ぶ者には以て矰を為す可し。龍に至りては、吾其の風雲に乗りて天に上るを知る能はず。吾今日老子を見るに、其れ猶ほ龍のごときか」と。
-
史記 管晏列伝晏子斉の相たり。出づ。其の御の妻、門間よりして其の夫を闚ふ。其の夫、相の御を為して、大蓋を擁し、駟馬に策ち、意気揚揚として甚だ自ら得たるなり。既にして帰る。其の妻去らんことを請ふ。夫其の故を問ふ。妻曰く、「晏子の長けは六尺に満たずして、身は斉国に相たり、名は諸侯に顕はる。今妾其の出づるを覩るに、志念深く、常に自ら下る有る者なり。今子は長け八尺、乃ち人の僕御為り、然るに子の意は自ら以て足れりと為す。妾是の以に去らんことを求むるなり」と。其の後夫自ら抑損す。晏子怪しみて之を問ふ。御実を以て対ふ。晏子薦めて大夫と為す。
-
尚書・仲虺之誥自ら師を得る者は王たり、人(ひと)己(おのれ)に若(し)く莫(な)しと謂(い)う者は亡ぶ。