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南洲翁遺訓 / 第十九条

古より君臣共に己れを足れりとする世に、治功の上りたるはあらず。自分を足れりとせざるより、下下の言も聴き入るるもの也。己れを足れりとすれば、人己れの非を言へば忽ち怒るゆゑ、賢人君子は之を助けぬなり。

書き下し

古より君臣共に己れを足れりとする世に、治功の上りたるはあらず。自分を足れりとせざるより、下下の言も聴き入るるもの也。己れを足れりとすれば、人己れの非を言へば忽ち怒るゆゑ、賢人君子は之を助けぬなり。

現代語訳

昔から、君も臣もともに自分を足れりとする世に、政治の功が上がったためしはない。自分を足れりとしないからこそ、下の下の者の言も聴き入れるのである。自分を足れりとすれば、人が自分の非を言えばたちまち怒るから、賢人君子はその人を助けない。

解説

「己れを足れりとせざるより、下下の言も聴き入るる」——自分は足りていないと思うから、下の下の者の言葉まで耳に入る。逆もまた自動的に起こる。足りていると思えば、非を指摘されて怒る。すると「賢人君子は之を助けぬ」。ここが冷静な観察だ。賢人が去るのは、能力を認められないからではなく、言っても怒られるからである。しかも去り方は静かで、本人には見えない。『帝範』納諫篇の「其の壅塞せらるる、自ら知るに由無し」と同じ構造を、西郷は「賢人君子は之を助けぬなり」の一句で言い切っている。助けてもらえなくなったことに、本人だけが気づかない。

この章句が説くこと

己れを足れりとせず下下の言賢人君子は助けず諫言

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