孟子 / 盡心章句下
孟子曰、賢者以其昭昭、使人昭昭。今以其昏昏使人昭昭。
書き下し
孟子曰く、「賢者は其の昭昭を以て、人をして昭昭たらしむ。今、其の昏昏を以て、人をして昭昭たらしめんとす。」
現代語訳
孟子は言った。 「賢者は自らの明徳をもって、人々をも明らかにさせようとするが、今の国を治める者たちは、自ら暗愚でありながら、人々を明らかにさせようとしている。」
解説
指導者やリーダーの立場にある人が、まず自分自身を磨き、正しい見識を持つことは非常に重要です。自分自身が理解していないことや、実践できていないことを他人に求めても、相手の心には響きません。現代の職場や家庭においても、部下や子供に何かを指導する際には、まず自分がその手本となっているかを振り返る必要があります。自らの姿勢を正すことこそが、周囲を正しい方向へ導くための最も効果的な方法なのです。
この章句が説くこと
リーダーシップ自己研鑽手本
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老子・第67章天下は皆な我が道を大にして不肖に似たりと謂う。夫れ唯だ大なり、故に不肖に似たり。若し肖ならば、久しいかな其の細なるや。我れに三宝有り、持して之を保つ。一に曰く慈、二に曰く倹、三に曰く敢えて天下の先と為らず。慈なる故に能く勇なり、倹なる故に能く広し、敢えて天下の先と為らざる故に能く器の長を成す。今、慈を舎てて且つ勇に、倹を舎てて且つ広に、後るるを舎てて且つ先んぜば、死せん。夫れ慈は、以て戦えば則ち勝ち、以て守れば則ち固し。天将に之を救わんとし、慈を以て之を衛る。
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老子・第38章上徳は徳とせず、是を以て徳有り。下徳は徳を失わざらんとす、是を以て徳無し。上徳は無為にして而も以て為すこと無し。下徳は之を為して而も以て為すこと有り。上仁は之を為して而も以て為すこと無し。上義は之を為して而も以て為すこと有り。上礼は之を為して而も之に応ずる莫ければ、則ち臂を攘げて之を扔く。故に道を失いて而る後に徳、徳を失いて而る後に仁、仁を失いて而る後に義、義を失いて而る後に礼。夫れ礼は忠信の薄きにして、乱の首なり。前識は道の華にして、愚の始めなり。是を以て大丈夫は其の厚きに処りて、其の薄きに居らず。其の実に処りて、其の華に居らず。故に彼を去りて此を取る。
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『韓非子』難二第三十七凡そ五霸の能く功名を天下に成す所以の者は、必ず君臣俱に力有り。故に曰く、叔向・師曠の対は、皆偏辞なり、と。
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論語・泰伯篇子曰く、恭にして礼無ければ則ち労す。慎にして礼無ければ則ち葸る。勇にして礼無ければ則ち乱る。直にして礼無ければ則ち絞す。君子親に篤ければ、則ち民仁に興る。故旧遺れざれば、則ち民偸からず。
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