宋名臣言行録 / 後集巻十三・陳瓘
公送其姪淵責沈文曰予元豐乙丑為禮部貢院㸃檢官適與范淳夫同舍公嘗論顔子不遷怒不貳過惟伯淳能之予問公曰伯淳誰也公黙然久之曰不知有程伯淳邪予謝曰生長東南實未知也予嘗以寡陋自愧了翁之子正由云了翁自是每得明道先生之文必冠帶然後誦之
新字:公送其姪淵責沈文曰予元豊乙丑為礼部貢院点検官適与范淳夫同舎公嘗論顔子不遷怒不貳過惟伯淳能之予問公曰伯淳誰也公黙然久之曰不知有程伯淳邪予謝曰生長東南実未知也予嘗以寡陋自愧了翁之子正由云了翁自是毎得明道先生之文必冠帯然後誦之
書き下し
公其の姪淵を送る責沈の文に曰く、予元豐乙丑、禮部貢院の點檢官と爲る。適ミ范淳夫と舍を同じくす。公嘗て、顔子の怒りを遷さず過ちを貳びせざるは、惟だ伯淳のみ之を能くす、と論ず。予公に問いて曰く、伯淳とは誰ぞや、と。公黙然たること久しくして曰く、程伯淳有るを知らざるか、と。予謝して曰く、東南に生長し、實に未だ知らざるなり、と。予嘗て寡陋を以て自ら愧ず。了翁の子正由云う、了翁自ら是れ明道先生の文を得る每に、必ず冠帶して然る後に之を誦す、と。
現代語訳
陳瓘が甥の陳淵を送る文のなかにこうある。私は元豊乙丑の年、礼部貢院の点検官となった。ちょうど范祖禹と部屋を同じくした。范祖禹はかつて、顔回が怒りを他人に移さず、同じ過ちを二度としなかった、それができるのは伯淳ただ一人である、と論じた。私は范祖禹に尋ねて言った。「伯淳とは誰ですか」。范祖禹はしばらく黙ってから言った。「程伯淳という人がいるのを知らないのか」。私は詫びて言った。「東南の地に生まれ育ちましたので、まことに存じませんでした」。私はかねてから見聞の狭さを自分で恥じている。了翁の子の陳正由が言うには、了翁はそれ以来、明道先生(程顥)の文を手に入れるたびに、必ず冠と帯を正してから読み上げたという。
解説
この章句が説くこと
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『講孟余話』梁惠王上 首章今且く諸君と獄中に在りて学を講ずるの意を論ぜん。俗情を以て論ずる時は、今已に囚奴と成る、人界に接し天日を拝するの望あることなし。講学切劘して成就する所ありと雖も何の功効かあらんと云はば、是れ所謂利の説なり。仁義の説に至りては然らず。人心の固有する所、事理の当然なる所、一として為さざる所なし。人と生まれて人の道を知らず、臣と生まれて臣の道を知らず、子と生まれて子の道を知らず、士と生まれて士の道を知らず、豈に恥づべきの至りならずや。若し是れを恥づるの心あらば、書を読み道を学ぶの外術あることなし。已に其の数箇の道を知るに至らば、我が心に於て豈に悦ばしからざらんや。朝に道を聞かば夕に死すとも可なりと云ふは是れなり。亦何ぞ更に功効を論ずるに足らんや。諸君若し茲に志あらば、初めて孟子の徒たることを得ん。
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『慎思録』巻之四衆人の人為る、草木禽獣の物為ると、其の生けるときは則ち異なりて、其の死するときは則ち同じ。何となれば則ち、衆人は下愚なりと雖も、其の生ける時は亦た皆五品の交はり、四民の業有り。且つ衣食の養、屋室の安有り。誠に禽獣と同じからず。其の既に死するに迨んでは、一たび腐壊に帰し、徳行の人に遺す無く、令名の世に伝はる無く、一時に漸く尽きて余り無し。草木禽獣と異なること無し。人為る者、豈に之を恥づることを知らざるべけんや。如し之を恥ぢば、学を為すに如くは無し。学びて得る有れば、則ち徳沢功名後世に流れて滅びず、虚生せずと為す。此れ君子の没後、衆人及び禽獣草木に異なる所以なり。
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『慎思録』巻之二記に云ふ、説を勦ること毋かれ、と。蓋し他人の説を攬り取りて、以て己が説と為す、之を勦説と謂ふ。夫れ他人の財を窃むすら、猶ほ之を盗と謂ふ。然るを況んや他人の美を掠め取りて、以て己が美と為すをや。賤しむべきの甚だしきなり。先輩長者に好んで人の言を取りて之を用ゐる者有り、人に告げて曰く、惟れ吾が謀に非ず、誰某の説なり、と。是れ言を取るの法と為すべし。然るに近世中華の才子も、亦た往々にして前輩の説を攬り取りて、以て己が説と為す者有り。其の志懾し。近世の薄俗、本邦の人も、往々にして亦た此くの如し。恥を知らざるの甚だしきなり。
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『斉家論』上然れども推し出だし儒者とはいはれまじ。又世間に沙汰なき人にも出会うて見れば、経書はいふに及ばず、詩作文章達者なる能き学者あり。又儒者ならねども、少し心がけある人には、汝ぐらゐの学者は町並にも有るべし。其の中にて無縁の講釈すると、口広き事はいはれまじ。夫をもかまはず書付を出だされなば、聴く者もあるべけれど、一度聞きては、素読同前の講釈なりといひ、又口の悪しき者は、あの学問にて講釈するは、笑ふにたらずと譏るべし。たとひ十日廿日入れかはり聴衆ありとも、つづくまじ。其の時に至り、しまはんよりは、今七八年も学問し出でられなば、本望もとげ、恥を受くることも少なからんといはれし人も、過ぎ去りむかしがたりになりぬ。或人のいへるごとく、
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『呻吟語』外篇・治道・更に之を民に求むるを須ひず民恥少なきは以て上の德を觀る可く、民畏れ少なきは以て上の威を觀る可し。更に之を民に求むるを須ひず。
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