宋名臣言行録 / 後集巻十三・范祖禹
講公劉好貨太王好色曰孟子以王好貨勸以當如公劉與民同利以王好色勸以當如太王與民同欲然臣竊謂公劉非好貨乃是厚民太王非好色乃是正家人君不可好貨亦不可好色好貨則貪而害民好色則荒而害政孟子事中才以下之君故其言如此
新字:講公劉好貨太王好色曰孟子以王好貨勧以当如公劉与民同利以王好色勧以当如太王与民同欲然臣窃謂公劉非好貨乃是厚民太王非好色乃是正家人君不可好貨亦不可好色好貨則貪而害民好色則荒而害政孟子事中才以下之君故其言如此
書き下し
「公劉は貨を好み、太王は色を好む」を講じて曰く、孟子は王の貨を好むを以て、當に公劉の民と利を同じくするが如くすべしと勸め、王の色を好むを以て、當に太王の民と欲を同じくするが如くすべしと勸む。然れども臣竊かに謂えらく、公劉は貨を好むに非ず、乃ち是れ民を厚くするなり。太王は色を好むに非ず、乃ち是れ家を正すなり。人君は貨を好む可からず、亦た色を好む可からず。貨を好めば則ち貪りて民を害し、色を好めば則ち荒みて政を害す。孟子は中才以下の君に事う。故に其の言此くの如し、と。
現代語訳
「公劉は財貨を好み、太王は女色を好んだ」という一節を講義して言った。「孟子は、王が財貨を好むのを受けて、公劉のように民と利を同じくすべきだと勧め、王が女色を好むのを受けて、太王のように民と欲を同じくすべきだと勧めました。しかし臣がひそかに思いますに、公劉は財貨を好んだのではなく、民を豊かにしたのです。太王は女色を好んだのではなく、家を正したのです。君主は財貨を好んではならず、また女色を好んでもなりません。財貨を好めば貪って民を害し、女色を好めば荒れて政を害します。孟子は中程度以下の才の君主に仕えました。だからその言い方がこうなったのです」。
解説
孟子は、王の欲を否定せずに方向を変える説き方をしました。范祖禹はその手法ごと講義に載せています。まず原典を言い直しました。公劉は財貨を好んだのではなく、民を豊かにしたのです。太王は女色を好んだのではなく、家を正したのです。そのうえで、原則は原則として立てます。君主は財貨を好んではならず、また女色を好んでもなりません。そして孟子の言い方の理由まで説明しました。孟子は中程度以下の才の君主に仕えました。だからその言い方がこうなったのです。
この章句が説くこと
孟子は王の貨を好むを以て当に公劉の民と利を同じくするが如くすべしと勧む公劉は貨を好むに非ず乃ち是れ民を厚くするなり貨を好めば則ち貪りて民を害し色を好めば則ち荒みて政を害す孟子は中才以下の君に事う故に其の言此くの如し方便原則
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