宋名臣言行録 / 後集巻十二・劉安世
三省言蔡京奏摯等逆心則其一時黨附顯著之人同惡相濟豈得無之如劉安世常論禁中雇乳母事謂陛下巳親女寵又論不御經筵陛下巳惑酒色誣罔聖躬形於章疏者果何心也今摯貶死廢及子孫而安世不問罪罰殊科如此臣不知其説也詔劉安世移梅州安置
新字:三省言蔡京奏摯等逆心則其一時党附顕著之人同悪相済豈得無之如劉安世常論禁中雇乳母事謂陛下巳親女寵又論不御経筵陛下巳惑酒色誣罔聖躬形於章疏者果何心也今摯貶死廃及子孫而安世不問罪罰殊科如此臣不知其説也詔劉安世移梅州安置
書き下し
三省言う、蔡京、摯等の逆心を奏す。則ち其の一時黨附顯著の人、惡を同じくして相い濟すこと、豈に之無きを得んや。劉安世が常に禁中の乳母を雇う事を論じ、陛下已に女寵に親しむと謂い、又た經筵に御せざるを論じ、陛下已に酒色に惑うと謂うが如きは、聖躬を誣罔して章疏に形わす者、果して何の心ぞや。今摯は貶死し、廢は子孫に及ぶ。而して安世は問わず。罪罰科を殊にすること此くの如し。臣其の説を知らざるなり、と。詔して劉安世を梅州に移して安置す。
現代語訳
三省が言った。「蔡京は劉摯らの謀反の心を奏上しております。であれば、当時その党に付き従った目立つ人々が、悪を同じくして助け合っていたことも、ないとは言えますまい。たとえば劉安世が、宮中で乳母を雇った件を常々論じて、陛下がすでに女色に親しんでおられると言い、また経筵にお出ましにならないことを論じて、陛下がすでに酒色に惑っておられると言ったようなことは、天子のお身の上を誣告して上奏文に書き表したもので、いったいどういう心でありましょうか。いま劉摯は流されて死に、その処分は子孫にまで及んでおります。ところが劉安世は問われていない。罪と罰の等級がこれほど違っております。臣にはその説明が分かりません」。詔が下り、劉安世は梅州に移されて安置された。
解説
獄が広がる仕組みが、この段に出ています。首謀とされた者が死ぬと、次は同調者に及びました。**当時その党に付き従った目立つ人々が、悪を同じくして助け合っていたことも、ないとは言えますまい。**そして劉安世に当てられたのが、乳母の一件と経筵の諫めです。諫言そのものが罪状になりました。**天子のお身の上を誣告して上奏文に書き表したもの。**追及の理由が、釣り合いという言葉で語られているのも見どころです。**罪と罰の等級がこれほど違っております。**
この章句が説くこと
其の一時党附顕著の人悪を同じくして相い済すこと豈に之無きを得んや劉安世が常に禁中の乳母を雇う事を論じ陛下已に女寵に親しむと謂う聖躬を誣罔して章疏に形わす者果して何の心ぞや今摯は貶死し廃は子孫に及ぶ而して安世は問わず連座諫言
関連する章句
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