宋名臣言行録 / 後集巻十一・范純仁
子曰舊帥新亡而公張樂大享将校於府門是教之視帥如父母乎曰亦疑其不可故使屬官攝主之也子曰是尤不可也公與舊帥同僚也失同僚之義其過小属官於主帥其義重曰廢享而頒之酒食如何曰無頒也武夫視酒食為重事弗頒則必思其所以而知事帥之義乃因事而教也公曰若從先生言而不来則不聞此矣其喜聞義如此
新字:子曰旧帥新亡而公張楽大享将校於府門是教之視帥如父母乎曰亦疑其不可故使属官摂主之也子曰是尤不可也公与旧帥同僚也失同僚之義其過小属官於主帥其義重曰廃享而頒之酒食如何曰無頒也武夫視酒食為重事弗頒則必思其所以而知事帥之義乃因事而教也公曰若従先生言而不来則不聞此矣其喜聞義如此
書き下し
子曰く、舊帥新たに亡じたるに公樂を張りて大いに將校を府門に享す。是れ之に帥を視ること父母の如くせよと教うるかと。曰く、亦た其の不可なるを疑う。故に屬官をして之を攝主せしむるなりと。子曰く、是れ尤も不可なり。公と舊帥とは同僚なり。同僚の義を失うは其の過ち小なり。屬官の主帥に於けるは其の義重しと。曰く、享を廢して之に酒食を頒つは如何と。曰く、頒つこと無かれ。武夫は酒食を視て重事と爲す。頒たずんば則ち必ず其の所以を思いて帥に事うるの義を知らん。乃ち事に因りて教うるなりと。公曰く、若し先生の言に從いて來たらずんば則ち此を聞かざりしならんと。其の義を聞くを喜ぶこと此くの如し。
現代語訳
程頤は言った。「前任の帥が亡くなったばかりなのに、公は楽を鳴らして将校を府の門で盛大にもてなされた。これが、帥を父母のように見よと教えることでしょうか」。公は言った。「私もそれがよくないかと思いました。だから属官に代わって主催させたのです」。程頤は言った。「それはいっそういけません。公と前任の帥とは同僚です。同僚の義を失うのは、その過ちは小さい。属官が主帥に対する義は、そちらが重いのです」。公は言った。「宴をやめて、酒食だけを配るのはどうでしょう」。程頤は言った。「配ってはなりません。武人は酒食を重大事と見ます。配られなければ、必ずその理由を考えて、帥に仕える義を知るでしょう。それこそ、事に応じて教えるということです」。公は言った。「もし先生の言に従って来なかったら、これを聞けませんでした」。義を聞くことを喜ぶさまは、これほどであった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・立節斉の崔杼荘公を弑す。邢蒯瞶晋に使いして反る。其の僕曰わく、「崔杼荘公を弑せり、子将に奚くにか如かんとす」と。邢蒯瞶曰わく、「之を駆れ、将に入りて死して君に報いん」と。其の僕曰わく、「君の無道なるや、四鄰の諸侯聞かざる莫し。夫子を以て之に死するは亦難からずや」と。邢蒯瞶曰わく、「善く能く言えり。然れども亦晩し。子早く我に言わば、我能く之を諫めん。諫めて聴かれずんば我能く去らん。今既に諫めず又去らず。吾聞く、其の禄を食む者は其の事に死すと。吾既に乱君の禄を食めり、又安んぞ君を治めて之に死するを得んや」と。遂に車を駆りて死に入る。其の僕曰わく、「人乱君有りて、人猶お之に死す。我治長有り、死する毋かる可けんや」と。乃ち轡を結びて車上に自刎す。君子之を聞きて曰わく、「邢蒯瞶節を守り義に死すと謂う可し。死は人の難んずる所なり。僕夫の死するや、未だ義に合う能わずと雖も、然れども亦志有るの意なり。詩に云う、『夙夜懈らず、以て一人に事う』と、邢生の謂いなり。孟子曰わく、『勇士は其の元を喪うを忘れず』と、僕夫の謂いなり」と。
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論語・陽貨篇公山弗擾、費を以て畔く。召く。子往かんと欲す。子路説ばずして曰く、「之く末きのみ。何ぞ必ずしも公山氏に之れ之かん。」子曰く、「夫れ我を召く者は、豈に徒ならんや。如し我を用うる者有らば、吾其れ東周を為さんか。」
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論語・子張篇陳子禽、子貢に謂いて曰く、「子は恭を為すなり。仲尼豈に子より賢らんや。」子貢曰く、「君子は一言以て知と為し、一言以て不知と為す。言は慎まざる可からざるなり。夫子の及ぶ可からざるや、猶お天の階して升る可からざるがごときなり。夫子の邦家を得たらば、所謂『之を立つれば斯に立ち、之を道けば斯に行き、之を綏んずれば斯に来たり、之を動かせば斯に和す。其の生くるや栄え、其の死するや哀しむ』。之を如何ぞ其れ及ぶ可けんや。」
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尉繚子・武議良馬も策有れば、遠道致すべし。賢士も合有れば、大道明らかにすべし。
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説苑・建本孔子曰わく、人と終日にして倦まざる可き者は、其れ惟だ学か。其の身体観るに足らず、其の勇力憚るに足らず、其の先祖称するに足らず、其の族姓道うに足らず。然れども以て四方に聞こえ諸侯に昭らかなる可き者は、其れ惟だ学か。詩に曰わく、「僭たがわず亡びず、率いて旧章に由る」と。夫れ学の謂いなり。
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孫子・形篇故に戦いを善くする者は、不敗の地に立ち、敵の敗を失わず。