宋名臣言行録 / 後集巻八・吕公著
公上奏曰自古治戎之䇿雖三代之盛亦不過來則禦之去則備之為備之道莫先於積穀
新字:公上奏曰自古治戎之策雖三代之盛亦不過来則禦之去則備之為備之道莫先於積穀
書き下し
公上奏して曰く、古より戎を治むるの策は三代の盛と雖も亦た來たらば則ち之を禦ぎ、去らば則ち之に備うるに過ぎず。備えを爲すの道は穀を積むより先なるは莫しと。
現代語訳
公は上奏して言った。「古来、夷狄に対処する策は、三代の盛んなときであっても、やはり来れば防ぎ、去れば備えるというにすぎません。備えをなす道は、穀を積むことより先にするものはありません」。
解説
三十五字です。最も盛んだった時代を持ち出して、そこでも同じだったと言いました。**三代の盛んなときであっても、やはり来れば防ぎ、去れば備えるというにすぎません。**特別な策はなかった、と。攻めるも従えるも出てきません。そして備えの中身が、兵ではありませんでした。**備えをなす道は、穀を積むことより先にするものはありません。**兵を増やしても、食べるものがなければ動けない。地味なほうが先だ、という順序です。
この章句が説くこと
古より戎を治むるの策は三代の盛と雖も亦た来たらば則ち之を禦ぎ去らば則ち之に備うるに過ぎず備えを為すの道は穀を積むより先なるは莫し辺策備え蓄積
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