宋名臣言行録 / 後集巻七・司馬光
後數日吕惠卿進講因言先王之法有一年一變者正月始和布法象魏是也有五年一變者廵狩考制度是也有三十年一變者刑罰世輕世重是也有百年不變者父慈子孝兄友弟恭是也前日光言非是其意以諷朝廷且譏臣為條例司官耳
新字:後数日呂恵卿進講因言先王之法有一年一変者正月始和布法象魏是也有五年一変者廵狩考制度是也有三十年一変者刑罰世軽世重是也有百年不変者父慈子孝兄友弟恭是也前日光言非是其意以諷朝廷且譏臣為条例司官耳
書き下し
後數日、呂惠卿進講す。因りて言う、先王の法に一年に一たび變ずる者有り。正月に始めて和し、法を象魏に布く、是れなり。五年に一たび變ずる者有り。巡狩して制度を考う、是れなり。三十年に一たび變ずる者有り。刑罰の世輕世重、是れなり。百年變ぜざる者有り。父慈・子孝・兄友・弟恭、是れなり。前日の光の言は是に非ず。其の意は以て朝廷を諷し、且つ臣が條例司の官たるを譏るのみと。
現代語訳
数日後、呂恵卿が進講した。そのついでに言った。「先王の法には、一年に一度変わるものがあります。正月にはじめて和し、法を宮門の高台に掲げるのがそれです。五年に一度変わるものがあります。巡狩して制度を検討するのがそれです。三十年に一度変わるものがあります。刑罰を、世に応じて軽くも重くもするのがそれです。百年変わらないものがあります。父は慈しみ子は孝、兄は友愛し弟は恭しくあることがそれです。先日の司馬光の言は正しくありません。その意図は朝廷を諷することにあり、そのうえ臣が条例司の官であることをそしっているにすぎません」。
解説
反論の組み立てが巧みです。変える変えないの二択ではなく、周期で四つに分けました。一年に一度、五年に一度、三十年に一度、そして百年変わらないもの。こう並べると、変えないと言い切るほうが極端に見えます。しかも最後に動機を名指ししました。その意図は朝廷を諷することにあり、そのうえ臣が条例司の官であることをそしっているにすぎません。議論の中身に、相手の下心を貼り付けています。
この章句が説くこと
先王の法に一年に一たび変ずる者有り五年に一たび変ずる者有り巡狩して制度を考う百年変ぜざる者有り父慈子孝兄友弟恭是れなり其の意は以て朝廷を諷し且つ臣が条例司の官たるを譏るのみ分類反論
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