宋名臣言行録 / 後集巻七・司馬光
公自成童凛然如成人七嵗聞講左氏春秋大愛之退為家人講即了其大義自是手不釋書至不知饑渇寒暑年十五書無所不通文詞醇深有西漢風
新字:公自成童凛然如成人七歳聞講左氏春秋大愛之退為家人講即了其大義自是手不釈書至不知饑渇寒暑年十五書無所不通文詞醇深有西漢風
書き下し
公成童より凛然として成人の如し。七歳、左氏春秋を講ずるを聞きて大いに之を愛す。退きて家人の爲に講じ、即ち其の大義を了す。是れより手に書を釋かず。饑渇寒暑を知らざるに至る。年十五、書に通ぜざる所無し。文詞は醇深、西漢の風有り。
現代語訳
司馬光は子供のころから、凛としてまるで大人のようであった。七歳のとき、『春秋左氏伝』の講義を聞いて、たいそうこれを好んだ。退がって家の者のために講じ、そのままその大意をつかんだ。これ以来、手から書を離さなかった。飢えや渇き、暑さ寒さも分からなくなるほどであった。十五歳のとき、通じていない書物がなかった。文章は醇厚で深く、前漢の風格があった。
解説
七歳の子が、聞いた講義を家で講義し直しています。退がって家の者のために講じ、そのままその大意をつかんだ。聞いただけでは分かっていなかったものが、人に話すことで分かった、という順序です。学ぶ側から教える側に、その日のうちに回っている。そして生涯続きます。これ以来、手から書を離さなかった。次の条で、この人は自分の記憶力を人並み以下だと言っています。この覚え方が、その代わりでした。
この章句が説くこと
公成童より凛然として成人の如し七歳左氏春秋を講ずるを聞きて大いに之を愛す退きて家人の為に講じ即ち其の大義を了す是れより手に書を釈かず饑渇寒暑を知らざるに至る幼年学び
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